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井尻遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/171977
https://jdcat.jsps.go.jp/records/171977
86e4c410-3259-4a85-b916-299398aea601
公開日 2021-08-18
タイトル 井尻遺跡
作成者 鹿野,塁
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/65660
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 一般国道170号(十三高槻線)道路築造事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
公益財団法人大阪府文化財センター調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 今次調査では、弥生時代~中世に至る様々な遺構・遺物を検出した。当地における人々の活動の端緒は弥生時代中期に求められそうである。
 特筆すべき成果として、古墳時代中期の祭祀遺構が挙げられる。196落ち込みからは大量の土師器高杯と滑石製模造品、鉄器が出土した。土師器高杯は約130点出土しており、形態が判明するものはいずれも椀形高杯である。鉄器の中には、鉄鋌や手鎌が含まれていた。5世紀における祭祀の在り方を如実に示す成果があった。
 さらに、包含層出土ではあるが、これに近い時期と考えられる遺物に、腕輪形石製品(石釧)があり、大阪府域では集落出土例がほとんどない中、重要な成果があった。
 また、時期比定は難しいが古墳時代後期から奈良時代に属する建物を検出した。このうち、独立棟持柱を持つ掘立柱建物4が特筆される。柱構造から神社建築建物に類するものの可能性がある。
 今次調査では、196落込みの祭祀遺構や磨製石鏃、腕輪形石製品(石釧)、土師器小型丸底壺といった祭祀を想起させる遺物が出土している。掘立柱建物4が神社に類する建物であるならば、当地は弥生時代以降、連綿と祭祀が行われた「場」であった可能性もある。
 平安時代中期になり、流路が形成され、再び集落が営まれるようになる。鎌倉時代にも一時期集落を形成していたものと見られる。それ以後は連綿と耕作地としての土地利用が続いたものと推測される。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 65660
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.65660
対象時期 2017/01/31
対象地域
大阪府
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Ver.1 2026-03-12 23:15:01.872809
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