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辻垣下出口遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/202885
https://jdcat.jsps.go.jp/records/2028852fc8aea4-5ebd-4224-b644-a385abdc2f6a
| 公開日 | 2024-06-20 | |||||
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| タイトル | 辻垣下出口遺跡 | |||||
| 作成者 | 山口,裕平 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/122060 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 県営ほ場整備事業(元永地区)関係埋蔵文化財発掘調査報告 ; 3 行橋市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 京都平野北部を北流する、祓川流域東岸の三角州(標高10m)に立地する。 主に弥生時代から鎌倉時代に至る遺構、遺物を検出したが、平安時代から鎌倉時代初頭に盛期を認められる。 集落を形成する遺構は掘立柱建物、井戸などがあるが、本調査区は祓川の氾濫原であったと考えられ、流路跡と考えられる帯状の浅い土坑、溝を多く検出した。遺物の大半はこの流路跡に伴うものである。 特筆すべき遺物に、8~9世紀頃に位置づけられる須恵器の猿面硯がある。緑釉陶器も防長産に加えて畿内産や近江産を含み、古代仲津郡の公的施設が近隣に所在したと考えられる。 出土する輸入陶磁器は白磁を中心とし、連弁文をもつ龍泉窯系政治をまったく含まないことから、12世紀末頃の鎌倉時代初頭には集落は廃絶し、田畑になったと考えられる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 122060 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.122060 | |||||
| 対象時期 | 2020/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福岡県 | ||||||