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上町遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/203615
https://jdcat.jsps.go.jp/records/203615
fe656681-a0f9-448d-99c6-bcb6f2792f6b
公開日 2024-09-17
タイトル 上町遺跡
作成者 三好,清超
作成者 石川,蕗
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/130746
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 飛騨市文化財調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 上町遺跡は、宮川右岸の沖積地に立地する大規模な遺跡である。1987年以降68次にわたり延べ21,615㎡の発掘調査を実施してきた。結果、大型掘立柱建物跡の存在などから古代飛驒国荒城郡衙の関連する遺跡と考えられている。今回は、個人住宅による敷地耕作土撤去に伴って発掘調査を実施した。
 遺構では8世紀代を中心に竪穴建物跡5軒と掘立柱建物跡2棟を確認した。また、中世期の溝・土坑を確認した。これにより、8~9世紀、中世期の遺構の状況と変遷を確認した。
 さらに、未報告であった試掘確認調査・工事立会の報告を行い、上町遺跡全体の遺跡の変遷を考えた。それにより、集落としては弥生時代末から古墳時代初頭に集落域と墓域を形成したようであった。一旦断絶し、集落が本格的に成立するのは6世紀中葉以降である。その集落では、拠点となるグループで竪穴建物跡が多く、掘立柱建物跡も伴うものと考えられた。一旦衰退するものの、7世紀末葉から8世紀初頭にかけて、郡衙関連と考えられる大型掘立柱建物跡と、古町廃寺跡・上町廃寺跡の2つの古代寺院が出現した。上町遺跡における最も大きい画期である。それに伴う集落単位は、同規模のものが多い様相が明らかとなった。
 8世紀後葉には大型掘立柱建物跡と古町廃寺跡は衰退する。それに伴って、集落も衰退していく。このことは、律令制の衰退というイメージと重なる。以降、9世紀後半、11世紀後葉、15世紀と遺構・遺物が散見され始める時期が続き、17世紀初頭に終期をむかえる様相が明らかになった。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 130746
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.130746
対象時期 2023/03/03
対象地域
岐阜県
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Ver.1 2026-03-25 11:22:22.513037
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