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下田遺跡5

https://jdcat.jsps.go.jp/records/205729
https://jdcat.jsps.go.jp/records/205729
cefcca1f-c934-4cf4-b4fe-ec83eb807137
公開日 2024-08-28
タイトル 下田遺跡5
作成者 山本,良太
作成者 後藤,亮太
作成者 加藤,恭朗
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/140143
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 下田遺跡6区発掘調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 下田遺跡6区は平成26・27年度調査の2区-C2と、コの字状に三方を隣接する。検出された遺構は地点によって偏りが生じているが、古墳時代、奈良・平安時代の2時期に大別できる。最も古い遺物は、縄文時代後期の土器が出土しているが、器面に重度の摩滅を受けていることから、周辺からの流入物と考えられる。また、2区-C2南西部で確認された、弥生時代中期と吉ヶ谷期の遺物を伴う遺構は、今回の調査では発見されなかった。
 古墳時代は、調査区の南西部にあたる6区-2で、2基の竪穴状遺構を主に調査した。このうち、4号竪穴状遺構からは4世紀の所産と思われる、高坏の坏部が出土した。出土遺物の年代観及び、炭化物の年代測定結果から、2区-C2の1号住居と同時期に併存していた可能性があり、2区-D1より広がる集落の南東端部に属すると考えられる。また、調査区東部の6区-1、調査区北西部の6区-3では遺構は殆ど確認されず、砂礫層、礫層が露出したことから、当地域は流路内、あるいは高麗川の氾濫原に属していたと考えられる。
 奈良・平安時代では、主に平安時代前期の遺構・遺物が確認された。6区-1では2軒の竪穴建物、2基の竪穴状遺構が流路の上部、あるいは近接する形で確認された。
 2軒の竪穴建物は使用痕跡が希薄である点から、恒常的に居住していた可能性は低いと考えられる。また、6区ー1南端部で確認された、2号竪穴状遺構からは多数の土師器・須恵器とともに完形に近い黒色土器、灰釉陶器が出土した。遺構内には、掘り込みを伴わない焼土集中範囲が確認されることから、複数回に渡り火を焚く行為が行われていたことが示唆され、祭祀的性格を持つ遺構である可能性が考えられる。
 6区-2では、主に南から北方向に走る溝状遺構、および断面形が波板状を呈する道路状遺構を調査した。
 大半の遺構は6区-2の北側に隣接する2区-C2で確認された遺構との接続関係が認められ、流路に沿う形で構築されたものも認められた。
 道路状遺構については他市でも調査例が増加し、新たな課題が提示されてきた。下田遺跡では流路を中心とする自然環境と共存した人々の営みが存在していたことは確かである。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 140143
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.140143
対象時期 2022/03/31
対象地域
埼玉県
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Ver.1 2026-03-25 12:06:51.097424
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