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北2丁目陣屋跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/148246
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1482460c8f1b67-39d4-4519-b9e2-f17bb3e510df
| 公開日 | 2025-12-01 | |||||
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| タイトル | 北2丁目陣屋跡 | |||||
| 作成者 | 大塚,邦明 | |||||
| 作成者 | 村山,卓 | |||||
| 作成者 | 魚水,環 | |||||
| 作成者 | 櫻,香織 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/143176 | |||||
| URI | 日本史 | |||||
| URI | General History of Japan | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 首都圏氾濫区域堤防強化対策における埋蔵文化財発掘調査報告Ⅱ 埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 考古資料-発掘調査・分布調査・資料調査等 北2丁目陣屋跡は利根川右岸、往昔の栗橋宿北端部に位置する。南東の栗橋宿本陣跡、南西の栗橋宿西本陣跡 と境を接している。 江戸時代に陣屋が置かれていたとされているため、所在地の名を冠して北2丁目陣屋跡という包蔵地名である。 しかし、陣屋の存在を示唆する遺構や遺物は検出されなかった。 19 世紀中葉以降の第一面では、八坂神社社殿基礎をはじめとする神社関連の遺構と調査区南西部で遺物包含層 を検出した。18 世紀後葉~ 19 世紀初頭の第二面では、土壙や杭列などを検出したが、建物跡や神社に関連する遺 物は見つかっていない。今回の調査区は、神社境内の主要部にあたる。境内としては19 世紀初頭以降から整備さ れたもので、それ以前は別の場所にあった可能性が高い。 第一面で検出した社殿跡は、大掛かりで堅固な基礎地業が行われており、19 世紀中葉頃の土木技術の高さを窺 うことができる。一方、調査区南西部の遺物包含層は、『北2丁目陣屋跡』で報告した包含層と連続するもので、 陶磁器類、土器類等の日常用具を中心に出土した。また、泥面子など玩具類の出土数が多いことは特筆される。 第二面は、自然堆積した砂層上に遺構が構築されていた。埋没した流路跡も検出されたことから、一定の土地 改変を行いながら生活面として使用したことが窺える。土壙覆土の上層に浅間A テフラが混入していたことから、 第二面の時期は、天明三年(1783)を含む前後の段階と考えられる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 143176 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.143176 | |||||
| 対象時期 | 2024/03/19 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 埼玉県久喜市 | ||||||