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蒋山万寿寺跡 旧万寿寺跡第6-10次調査

https://jdcat.jsps.go.jp/records/148574
https://jdcat.jsps.go.jp/records/148574
9c64d445-6ce9-4627-bd7a-961cba035f24
公開日 2026-01-08
タイトル 蒋山万寿寺跡 旧万寿寺跡第6-10次調査
作成者 横澤,慈
作成者 坂本,嘉弘
作成者 吉田,寛
作成者 宮内,克己
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/70786
URI 日本史
URI General History of Japan
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 都市計画道路庄の原佐野線(元町工区)建設に伴う埋蔵文化財調査報告書
大分県立埋蔵文化財センター調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
「蒋山万寿寺」は、徳治元年(1306)に豊後国守護大友貞親が筑前国博多の承天寺住持であった直翁智侃を開山に招いて建立した禅宗寺院である。万寿寺は豊後府内で最大規模の敷地を有し、室町時代には十刹に列せられるような、西日本を代表する禅宗寺院のひとつとなる。兵火や火災による寺院の被災は数度に達しており、天正9年(1581)の火災で、七堂伽藍をはじめとした主要建物が焼失する。さらにその後、天正14年(1586)の豊薩戦争時の兵火で、万寿寺は焦土と化したとされている。
 発掘調査の結果、七堂伽藍に相当するような大規模建物跡や基壇などは発見されなかったが、寺院内の区画に関する溝や柱穴列が検出された。また、大量の瓦や「万寿寺」・「蒋山」・「寮」の刻書土器、「蒋山観音殿」の墨書土器などの出土は、発掘調査地点に寺院が存在したことを考古学的に証明している。また、16世紀前半代の大型土坑に凝灰岩製切石が大量に廃棄されていたことや16世紀後半代の溝や井戸などに礎石と推定される大型の礫が廃棄されていたことなど、万寿寺の廃絶に関連する考古学的な所見も得ることができた。さらに、古代(8~10世紀代)の遺構の発見、14世紀代の墓地の存在や銅銭一括出土遺構の発見、万寿寺創建期を遡る12~13世紀代の墓や井戸などの発見は、万寿寺創建以前を含めた周辺の土地利用を検討する上で、貴重な資料を得ることができた。
 なお、本調査にて確認された溝や柱穴列などの主要遺構は、文化庁との協議の上、道路下に保存されることになった。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
データの言語 jpn
整理番号 70786
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.70786
対象時期 2019/03/29
対象地域
大分県大分市
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Ver.1 2026-01-19 02:29:25.987459
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