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石見銀山遺跡石造物調査報告書22 下河原地区 豊栄神社・大谷地区 徳善寺上墓地の石造物調査

https://jdcat.jsps.go.jp/records/148756
https://jdcat.jsps.go.jp/records/148756
bc43b485-c259-45ae-8d6f-84655f07562b
公開日 2026-01-07
タイトル 石見銀山遺跡石造物調査報告書22 下河原地区 豊栄神社・大谷地区 徳善寺上墓地の石造物調査
作成者 岩橋,孝典
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/140170
URI 日本史
URI General History of Japan
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
考古資料-発掘調査・分布調査・資料調査等
歴史資料-発掘調査・分布調査・資料調査等
史跡-発掘調査・分布調査・資料調査等
 豊栄神社は、戦国時代に曹洞宗長安寺として創建され、幕末の慶応3(1867)年に現在の姿に整備された(明治3年に「豊栄神社」に改称)。慶応2年の幕長戦争石州口の戦いに勝利して、大森陣屋に駐屯した長州藩士達は、藩祖毛利元就を祀る当寺の衰退を危惧し、本殿以下の社殿や境内地の整備を進めた。境内地には軍監・参謀をはじめ、諸隊が挙って鳥居、燈籠、獅子狛犬などを寄進しており、その数は40基以上に及ぶ。石造物の寄進者たちは、その後の鳥羽・伏見の戦い、戊辰戦争を経て明治政府の要職を得て近代日本に貢献した人物がいる一方、戊辰戦争で落命した人物も複数みられる。
 また、大小2基の石鳥居のうち、小鳥居には「皇紀元二千五百二十七年」(慶応3(1867)年)という金石文としては島根県最古(現状では日本最古)の皇紀元紀年銘が確認された。
 このように、豊栄神社に残る石造物は、近世社会の終焉と近代日本の萌芽の両面が刻み込まれた歴史遺産と言えるだろう

 徳善寺上墓地は、昭和期より石見銀山遺跡を代表する中世末~近世初頭の墓地群として知られていた。この墓地群が所在する大谷地区は「龍源寺間歩」に代表されるように重要な産銀・産銅地域であると共に、日本海の要港温泉津・仁摩から街道を経て石見銀山に至った時、その主要な玄関口である坂根口番所・畑口番所に隣接する地点に位置するため交通の要衝としても重要である。
 これまで、大谷地区での石造物調査は限定的であったが、本調査では、160基以上の石塔、石廟などが確認された。中でも岩窟内に納められた総高1.9mに及ぶ2基の宝篋印塔や10基以上の石廟の存在は当墓域を特徴づけている。有力な産銀地区であり、かつ銀山の玄関口を意識して、経済力のある鉱山師達が造営した墓域と位置付けられる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
データの言語 jpn
整理番号 140170
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.140170
対象時期 2024/08/30
対象地域
島根県大田市
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Ver.1 2026-01-19 02:33:13.137458
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