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東富岡・南三間遺跡第2次調査/東富岡・北三間遺跡第3地点/東富岡・東之窪遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/149654
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1496540e404c76-ec46-4fc6-957d-3ac87b08dd1b
| 公開日 | 2026-01-20 | |||||
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| タイトル | 東富岡・南三間遺跡第2次調査/東富岡・北三間遺跡第3地点/東富岡・東之窪遺跡 | |||||
| 作成者 | 村松,篤 | |||||
| 作成者 | 眞鍋,早紀 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/115220 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 新東名高速道路建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査 かながわ考古学財団調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 東富岡・南三間遺跡は歌川右岸の富岡丘陵東斜面に立地し、中世を中心として、縄文時代、古墳時代、奈良・平安時代、近世と複数の時期にわたり遺構・遺物が確認された。近世以降では、宝永火山灰の二次堆積土を覆土とする畝状遺構が確認された。低湿地際から杭列を伴う近世~近代の段切りが検出されたことから、湿地を活用した活動が営まれていたと推定される。一方、第1次調査区に続き鉄滓や羽口が多量に出土したことは近世以降の製鉄関連遺構の存在が想定される。 中世の各遺構は谷奥の崖線から緩斜面にかけて分布している。居住空間と推定される遺構よりも作業場等と想定される遺構が多く見られることや遺物として鉄滓が多量に出土することを合わせて考えると、この谷間の空間は製鉄に携わる人たちの残した遺構群と推定される。出土品としては、銭貨の鋳型・模鋳銭や猿形土製品などの特殊遺物が竪穴状遺構から出土する。また、罫書きされた石硯は貴重な文字資料であり、この地の中世史を語る上で重要な発見である。 東富岡・北三間遺跡は平成2~3年度に調査した横穴墓2基の前庭部の調査である。玄室から前庭部の一部までは前回調査されており、今回はH3・H4号墓からは前庭部石積みの一部を確認した。 東富岡・東之窪遺跡からは、中世の土坑が確認され、東富岡・南三間遺跡、北三間遺跡で発見された中世の遺構群の北への広がりが確認された。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 115220 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.115220 | |||||
| 対象時期 | 2020/12/25 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 神奈川県 | ||||||