言語:

WEKO3

  • トップ
  • ランキング
To
lat lon distance
To

Field does not validate



メールアドレスを入力してください。

WEKO

One fine body…

WEKO

One fine body…

アイテム

羽場遺跡ほか

https://jdcat.jsps.go.jp/records/162976
https://jdcat.jsps.go.jp/records/162976
b515a780-56f2-40ba-b4be-f98aeba7747e
公開日 2021-06-18
タイトル 羽場遺跡ほか
作成者 高橋,栄一
作成者 菊地,逸夫
作成者 佐藤,貴志
作成者 村上,裕次
作成者 古田,和誠
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/9418
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 宮城県文化財調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等

 羽場遺跡では,城生柵跡の北西隅から830m北西に位置するD地点の土塁状の高まりと堀状のくぼみの調査を行い,これらが古代の土塁跡と堀跡であることを確認した。ここから,これまで確認されている土塁状の高まりと堀状のくぼみも同様の構造と考えられる。これらはその位置関係から城生柵跡の外郭区画施設跡と考えられ,城生柵跡も大崎平野北縁に分布する他の城柵・官衙遺跡と同様,三重構造となることが明らかとなった。
 瑞巌寺境内遺跡では,本堂下の確認調査を行い,中世と考えられる遺構・遺構面を検出した。中世の遺構面は最大で3面認められた。検出した遺構は切石列,切石遺構,土坑,ピットである。切石列の遺構面については,平成19年度調査で検出した切石列と同一のものの可能性がある。また,近世瑞巌寺に伴う整地層と礎石の基礎地業,屋根を架構する際の足場と考えられる柱の柱穴などを検出した。
 母子沢遺跡では,近世以降の井戸跡と時期不明の溝跡が検出された。調査区は,多賀城跡東門から総社宮を通り鹽竈神社裏門に至る旧塩竃街道に近接し,古代においても同様の道路があったと推定されている位置にあるが,今回の調査では関連する遺構は確認できなかった。
 浦宿尾田峯貝塚では,調査区中央を東西に延びる尾根の南側斜面から小ピット群と遺物包含層が検出された。遺物包含層からは縄文晩期初頭から中頃の時期差のある土器が散発的に出土した。
 浦宿C遺跡では,旧地形が残存していた調査区の南端で縄文時代後期後半を中心とする遺物包含層が検出された。遺物包含層からは土器類の他に獣骨や魚骨なども出土している。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 9418
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.9418
対象時期 2011/05/31
対象地域
宮城県
戻る
0
views
See details
Views

Versions

Ver.1 2026-03-12 20:11:03.002734
Show All versions

エクスポート

OAI-PMH
  • OAI-PMH JPCOAR 2.0
  • OAI-PMH JPCOAR 1.0
  • OAI-PMH DublinCore
  • OAI-PMH DDI
Other Formats
  • JSON
  • BIBTEX

Confirm


Powered by WEKO3

Change consent settings


Powered by WEKO3

Change consent settings