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キジ山古墳群・晴雲寺址
https://jdcat.jsps.go.jp/records/164368
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1643687717d6d8-6e73-4235-8e7e-722ddb7c5cf2
| 公開日 | 2021-06-18 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | キジ山古墳群・晴雲寺址 | |||||
| 作成者 | 永井,邦仁 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/13127 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 愛知県埋蔵文化財センター調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 本遺跡は豊橋市市街地東方に位置する丘陵端部(通称:キジ山)に立地する、古墳時代後期の群集墳と、近世寺院跡である。古墳群では3基の横穴式石室とキジ山34号墳の周溝、および削平された古墳跡とみられる遺構1基を検出した。石室は無袖のタイプで、そのうち1基は全長が2mに満たない小型横穴式石室であり、終末期のものと考えられる。また晴雲寺址082SZは6世紀後半のもので西へ開口している。\r\n 一方、キジ山西側斜面を一部削平して造られた寺院址は、文献史料で知られる「屏風山晴雲寺」址とみられ、宝永5年(1708)に当時の吉田藩主であった牧野家がその菩提寺を造営したのが始まりである。しかしその転封により造営は頓挫し、観音堂が完成した程度で、礎石建物もそれに相当すると考えられる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 13127 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.13127 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 愛知県 | ||||||