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深江北町遺跡第12・14次調査埋蔵文化財発掘調査報告書
https://jdcat.jsps.go.jp/records/164530
https://jdcat.jsps.go.jp/records/164530eabe9e08-6ad6-4bb0-84c9-1e814b27085e
| 公開日 | 2021-06-18 | |||||
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| タイトル | 深江北町遺跡第12・14次調査埋蔵文化財発掘調査報告書 | |||||
| 作成者 | 谷,正俊 | |||||
| 作成者 | 丸山,潔 | |||||
| 作成者 | 阿部,功 | |||||
| 作成者 | 中村,大介 | |||||
| 作成者 | 井上,麻子 | |||||
| 作成者 | 増田,富士雄 | |||||
| 作成者 | (独法)奈良文化財研究所史料研究室 | |||||
| 作成者 | (株)古環境研究所 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/10642 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 深江北町遺跡は神戸市域の東端に位置し、芦屋市と市境を跨いで遺跡が存在する。芦屋市側は津知遺跡と称しているが、本来同一の遺跡と考えられる。この遺跡は大阪湾を巡る沿岸流によって形成された浜堤(砂堆)上に立地し、現在の海岸線からは、約500m離れている。また、場所はまだ確定されていないが、この付近を古代山陽道が通過していたことはほぼ間違いなく、これまでの発掘調査成果により「葦屋驛家」がごく近辺に奈良~平安時代前半頃まで存在していたことが出土資料等から窺える。今回の調査では、遺構が集中した浜堤上からは古墳時代後期の祭祀遺物群や飛鳥時代~平安時代初めまでの竪穴住居、掘立柱建物等が確認されている。その周辺の湿地からは大量の木片・各種の木製品とともに木簡が出土した。木簡には「(葦)屋驛長」と書かれたもの、「呪願師・天平十□年」と書かれたもの等がある。その他の文字資料としては、「驛」「大垣」等の墨書土器が多数発見されていることが特筆され、葦屋驛家に深く関わる施設が近辺に存在していたことを示唆する有力な資料を提示している。また、各種土錘・蛸壺等の漁具が多く出土し、海との関わりが深い人々の集落遺跡でもあることも指摘される。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 10642 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.10642 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 兵庫県 | ||||||