WEKO3
アイテム
朝来市 喜多垣遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/167860
https://jdcat.jsps.go.jp/records/167860fc6779ff-b38e-40ff-9fc7-bb55a06476e4
| 公開日 | 2021-06-18 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 朝来市 喜多垣遺跡 | |||||
| 作成者 | 岸本,一宏 | |||||
| 作成者 | 長濱,誠司 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
|||||
| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/19277 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 道路改良事業一般県道檜倉山東線に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書3 兵庫県文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 遺跡調査番号:2012001 出土した遺物については、奈良時代の遺物に須恵器の稜埦や製塩土器、転用硯が含まれ、平安時代では緑釉陶器や輪花状になった須恵器埦といった、一般の集落からはあまり出土しない遺物が存在していることが特徴としてあげられると同時に、この遺物によって本遺跡の性格を示唆している可能性がある。また、調査区の北西側約300 mの位置に押坂神社が存在しているが、その神社は「正倉院文書」におさめられた奈良時代の「但馬国正税帳」(天平9年:737 年)に記載されており、押坂神社の神田を耕作していた封戸である神戸がおさめた租や調が押坂神社に支給されたことが記されている。その後、奈良時代後期や平安時代の『続日本紀』や『延喜式』には朝来郡内では粟鹿神社のみ記載され、押坂神社の名称は姿を消し、鎌倉時代後期になって再登場している。今回の調査によって検出された遺構の時期は奈良時代でも早い段階に属しているようで、先の「但馬国正税帳」の時期と合致している。このことと、喜多垣遺跡で検出した奈良時代の遺構と出土遺物の特徴をあわせて考えると、奈良時代の喜多垣遺跡が押坂神社の神田経営に関係する役所的遺跡であった可能性が出てこよう。 |
|||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 19277 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.19277 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/28 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 兵庫県 | ||||||