WEKO3
アイテム
喜田盛遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/168663
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1686632b166079-1e34-4836-891a-87e8d2cdd54d
| 公開日 | 2021-06-18 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 喜田盛遺跡 | |||||
| 作成者 | 瀬戸,哲也 | |||||
| 作成者 | 片桐,千亜紀 | |||||
| 作成者 | 徳嶺,里江 | |||||
| 作成者 | 土肥,直美 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
|||||
| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/21534 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 平成22年度 県道真栄里新川線街路改良工事に伴う記録保存目的の発掘調査 沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 県道真栄里新川線街路改良工事に伴う喜田盛遺跡の記録保存目的の発掘調査を実施した。本遺跡は、既に平成12・13年度に石垣市教育委員会が発掘調査を行っており、中森期を主体とした集落跡の様相がより明確にできた。遺構には、多くの柱穴群が分布しており、それを避けるように土坑墓が3基確認された。出土遺物の特徴から、中森期でも15世紀後半~16世紀が主体であることも確認できた。近世については17~18世紀の遺物は見られるが、それ以降の遺物は少なく、明和(1771年)の大津波の影響を受けたことが想定された。近代には、宅地として利用され、多くの近代陶磁器が出土する中で、台湾産陶器も見つかったことは近代史を考える上でも重要な資料と思われる。総括として、本遺跡が位置する四箇地域の中森期における集落跡の様相をまとめ、15~16世紀に幾つかの集落跡が各々屋敷地的なまとまりを持ちながら、それに近接して数基の墓が営まれていることを確認できた。今後の課題としては、約3km北東に位置するフルスト原遺跡のように、石垣囲いを有する集落跡との関係性などについて検討していく必要があろう。 |
|||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 21534 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.21534 | |||||
| 対象時期 | 2011/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 沖縄県 | ||||||