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敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/169078
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1690783be7882c-8b9a-4552-abf6-06e0830fba7c
| 公開日 | 2021-06-18 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 敷根火薬製造所跡・根占原台場跡・久慈白糖工場跡 | |||||
| 作成者 | 今村,結記 | |||||
| 作成者 | 樋之口,隆志 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/22321 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 「かごしま近代化遺産調査事業」に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 -幕末~明治初期における「旧薩摩藩の近代化遺産」 鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 【敷根火薬製造所跡】 敷根火薬製造所は,文久3(1863)年に薩摩藩火薬製造の本局である滝ノ上火薬製造所の分局として建設された火薬製造所である。水車動力を用いて火薬が製造されており,文献史料上では日本で初めて洋式水車(縦軸水車)が設置されたとされている。今回の発掘調査で,洋式水車の痕跡は確認できなかったが,今まで把握されていなかった新た な導水路が発見された。また,西南戦争の際に焼き払われたとされる記録どおり,焼けた瓦も多数出土した。 【根占原台場跡】 根占原台場は,弘化4(1847)年に築かれた台場で,薩摩藩の中でも初期に築かれた台場の一つである。薩摩藩の台場では,薩英戦争の前後に新型の砲架が採用されるが,本遺跡では採用されなかったため旧式の形状を留めた台場である。今回の発掘調査では,砲座や石列,礎石など広く残存していることが確認された。また,現存する石垣及び土 塁の構造も把握することができた。 【久慈白糖工場跡】 久慈白糖工場は,慶応年間(1865~1867)年に,奄美大島に建設された4か所の工場の内の一つである。文献史料上では,後に銀座煉瓦街などを設計したウォートルスが設計したとされている。今回の発掘調査で,3基の煉瓦造遺構をはじめ,工場の痕跡を確認することができた。また,工場に用いられたとされる普通煉瓦や耐火煉瓦が多数出土した。日本における煉瓦導入期の様相を把握するうえで,重要な発見となった。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 22321 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.22321 | |||||
| 対象時期 | 2018/03 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 鹿児島県 | ||||||