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石見銀山 : 栃畑谷地区字甚光院の石造物調査
https://jdcat.jsps.go.jp/records/172083
https://jdcat.jsps.go.jp/records/172083a6e1f599-2028-44b1-8944-a8e3ff903364
| 公開日 | 2026-07-10 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 石見銀山 : 栃畑谷地区字甚光院の石造物調査 | |||||
| 作成者 | 岩橋,孝典 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/69238 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 附編 : 大谷地区高橋家裏の石造物,清水谷地区本法寺跡 : 銀山町地役人門脇家墓地 ,下河原地区下河原天満宮跡の石造物 石見銀山遺跡石造物調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 考古資料-発掘調査・分布調査・資料調査等 奥付の書名副書名: 石見銀山遺跡石造物調査報告書14 大谷地区字甚光院の石造物調査 石見銀山の栃畑谷の入り口近くに位置する字甚光院は、佐毘売山神社にも近く産銀地域の要所といえる地点に位置する。当地では、92基以上の石塔が確認されたが、最古の紀年銘をもつものは文禄3年(1594)銘の一石宝篋印塔で、最新の紀年銘は寛文3年(1663)銘の一石五輪塔であった。調査地内では18世紀以降の墓標は見られないが、隣接する南側平坦面には18世紀以降の墓標がみられるので墓域が移動したことが考えられる。18世紀後半には、丘陵頂部に愛宕社が勧請されており、燈籠や鳥居の基礎が残されている。石造物では、やぐら状の岩窟に納められたものや、光背形墓標、石廟など特徴的なものもみられる。 「甚光院」という寺院は古記録や伝承がなく不明であるが、墓塔の法名には「譽号」が多く認められるので浄土宗の関与が推察できる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 69238 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.69238 | |||||
| 対象時期 | 2014/03 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 島根県 | ||||||