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岡山城二の丸跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/172221
https://jdcat.jsps.go.jp/records/172221
5150fb6b-5e62-447f-b73d-ed72a6391d76
公開日 2021-06-18
タイトル 岡山城二の丸跡
作成者 小嶋,善邦
作成者 大橋,雅也
作成者 伊藤,幸司
作成者 坂上,和弘
作成者 富岡,直人
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/70104
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 警察本部庁舎車庫整備事業に伴う発掘調査
岡山県埋蔵文化財発掘調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 江戸時代の城下絵図によると調査地は、藩の重臣や上級藩士の屋敷地である岡山城二の丸の中央やや西よりに位置する。調査の結果、近世Ⅰ期~Ⅳ期の4時期に分けた近世の遺構は重層的に検出され、それらからは16世紀後半から17世紀後半までの遺物が多く出土している。
 宇喜多直家~秀家期にあたる近世Ⅰ期は、東西・南北に沿った溝などが検出されているほか、土坑・柱穴などが確認された。また、出土した銅製品製作関連遺物から、調査地近隣に銅細工職人の工房があったと考えられる。
 近世Ⅱ期は宇喜多秀家期から前期池田期までで、「町替え」に伴うと想定する厚い真砂土層の上に残された遺構を主体とする。この時期の遺構には、大形のものが目立つ。
 近世Ⅲ期では、両側に側溝を伴い南北に走る道路を調査区東部で確認した。この道路は、『岡山古図』(寛永9年)に描かれた道路とほぼ一致しており、現在に至る岡山市街地の町割りがこの時期にほぼ形成されていたことが分かった。
 承応3(1654)年の洪水を上限とする近世Ⅳ期には、屋敷地の塀に伴うと想定される柱穴列がそれまで道路であった場所から検出された。このことは、『岡山内曲輪絵図』(宝永5年)に見える屋敷地の拡張が東側であったことを示すものと思われ、それに伴って道路も東へ付け替えられたことが想定される。
 このように、16世紀後半から17世紀後半までの遺構・遺物を多く確認した今回の調査は、城下町整備の変遷をとらえる上で大変貴重である。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 70104
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.70104
対象時期 2019/03/08
対象地域
岡山県
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