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丘江遺跡5 第7次調査・工田遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/172504
https://jdcat.jsps.go.jp/records/172504
cfe61666-db36-4c6b-8013-e91631ec9b10
公開日 2021-06-18
タイトル 丘江遺跡5 第7次調査・工田遺跡
作成者 南波,守
作成者 松井,奈緒子
作成者 鈴木,俊成
作成者 井上,智仁
作成者 金井,慎司
作成者 斉藤,崇人
作成者 田中,義文
作成者 馬場,健司
作成者 松元,美由紀
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/70968
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 一般国道8号柏崎バイパス関係発掘調査報告書/一般国道17号浦佐バイパス関係発掘調査報告書
新潟県埋蔵文化財調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
丘江遺跡Ⅴ 柏崎平野を北流する鯖石川左岸の沖積微高地に立地する。
 下層:13世紀後半から15 世紀後半の集落であるが15世紀前半に一時衰退する。集落の最盛期は14世紀後半である。13世紀後半から続く区画溝で囲まれた屋敷地とその周辺から多くの小型掘立柱建物や井戸・土坑などを検出した。多数検出した井戸の一部は畑作用を想定した。出土品には希少な茶道具や識字者の存在を裏付ける筆・硯が含まれることから有力者の存在は否定できないが、農具や農業関連と推測した各種の砥石や井戸の存在からは農業を生産基盤とした生活がうかがえる。集落衰退後の15世紀後半以降のある時期に一帯は水田に変貌する。
 上層:調査区南側で遅くとも17世紀末以降から近・現代に続く居住域が出現する。これが単体の屋敷なのか東側に広がる集落の端部なのかは不明。この地区は江戸時代末から明治時代にかけて土塁を伴う屋敷となり、その造成土から19世紀第4四半期の石見焼の甕が出土した。
工田遺跡 魚野川の支流の三用川右岸の氾濫原に立地する。遺跡の時期はわずかな出土品とその放射性炭素年代測定から13世紀後半~近世で、この間に複数枚の水田面を検出した。水田遺構としては平面で確認できたものは少なく、ほとんどが土層断面で検出した耕作土と畦畔及び疑似畦畔である。調査区は三用川に近く、洪水堆積土のシルトと腐植土の互層土や湿潤な環境で形成された腐葉土を人為的に撹拌し水田耕作土としている。また、水田域には勾配があり、水田造営に多少なりとも切り盛りが伴ったと推測され、水田区画も小さい。また、勾配を利用したおおよその水回りも復元できた。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 70968
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.70968
対象時期 2020/03/31
対象地域
新潟県
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