WEKO3
アイテム
富山市明神山遺跡発掘調査報告書
https://jdcat.jsps.go.jp/records/175367
https://jdcat.jsps.go.jp/records/17536710ea6241-9f63-4cdb-a59f-0ad973a2252d
| 公開日 | 2022-04-08 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 富山市明神山遺跡発掘調査報告書 | |||||
| 作成者 | 野垣,好史 | |||||
| 作成者 | 常深,尚 | |||||
| 作成者 | 斉藤,崇人 | |||||
| 作成者 | 山川,真樹 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
|||||
| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/115842 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 呉羽丘陵フットパス連絡橋整備工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告 富山市埋蔵文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 呉羽丘陵上に位置する明神山遺跡周辺は、近世には北陸道が通る交通の要所であるとともに、複数の寺社などが建立される呉羽丘陵の名所でもあった。 発掘調査地は近世北陸道の峠道の一部である。上層・下層の2 面で、砂利敷の道路を検出した。下層道路から上層道路への造り変えにあたっては、盛土と切土によって勾配を緩くしている。上層道路は山側に側溝を設け、側溝の掘り直しにより古段階、新段階に分けられる。道路幅は、下層道路が約4.17m、上層道路古段階が約5.7 ~ 6.5m、新段階が約3.6 ~ 4.1m である。時期は、下層道路が18 世紀末~ 19 世紀初頭頃、上層道路が19 世紀前半から近代と考えられる。明治11 年(1878)の天皇行幸に際して、丘陵の北東側に新道が開削された後は幅2m 前後に規模を縮小した。 19 世紀を中心とする多くの遺物が出土し、特に上方の峠から流れ込んだ流土に多量の陶磁器が混入していた。このあたりは「峠茶屋」の地名のとおり茶屋が建ち並んでいたことから、そこで使われた茶碗類とみられる。焼き継ぎした磁器には、「峠」を冠する人名や「峠茶や」といった地名が書かれたものがある。 |
|||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 115842 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.115842 | |||||
| 対象時期 | 2022/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 富山県 | ||||||