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頭地下手遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/189710
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1897100e933215-14a3-476d-8c8a-5710a2c7b786
| 公開日 | 2024-09-12 | |||||
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| タイトル | 頭地下手遺跡 | |||||
| 作成者 | 宮崎,敬士 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/15659 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 川辺川ダム建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査 熊本県文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 頭地下手遺跡は、九州脊梁山地の中央構造線地帯に位置し、球磨川水系川辺川の流域では2群しか形成されていない沖積地に展開した、縄紋時代(後期)を中心とした遺跡である。 縄紋時代後期の遺構は、東西方向に走る最大幅10m、延長90mの溝1条のみである。しかし、おびただしい量の遺物が調査区から検出され、ほぼすべての土器群、石器群が縄紋時代後期に属することが確認された。土器は、深鉢、鉢、浅鉢、壺形土器が組成し、阿高式から南福寺式を経て、市来式までの諸型式と九州北部からの外来系土器である鐘ヶ崎式が確認された。土器製作に際しては、鯨脊椎骨を製作台に据え、網代を敷き、二枚貝貝殻を施紋具として、赤色顔料で加飾する。石器は、石鏃、尖頭器、石錐、石匙、不定形石器(両面加工石器、二次加工剥片、使用痕剥片)、石斧、石皿、磨石、石錘が組成し、チャート等の在地石材、黒曜石等の外来石材を素材とし、敲石、剥片、石核等、石器製作の道具と副産物を伴う。 頭地下手遺跡は、縄紋時代後期に、汎列島的な石器組成と土器組成に準拠して土器と石器を製作していた、と評価できる遺跡である。土器は、鯨脊椎骨、二枚貝貝殻等、沿海部の産品を多用してつくり、その形態と法量は中九州沿海部の貝塚出土資料を標識とした諸型式に倣う。また、鐘ヶ崎式は成立から終焉までの各段階の資料が見いだせ、赤色顔料ベンガラの原材料は阿蘇地域、薩摩地域等、頭地下手遺跡から70㎞以上はなれた地域の産品となる。石器は、外来の石材をもちいた石器の74%が黒曜石製石鏃で石鏃の26%を占めている。他方、在地の石材をもちいた石器は、石皿等の重い石器で砂岩、安山岩、凝灰岩等のように遺跡周辺に分布する転礫(83%)を素材とし、石鏃、石匙等の小型石器はチャート(67%)のように基盤層構成岩石を素材としている。すなわち、重い石器は近くから、軽い石器は遠くにも石器素材を求めることを基調とし、軽重両極ほど石材と形式が限定される現象も認められる。 以上のように、頭地下手遺跡は九州全域の複数地域と物流網を形成し、各地域の産品を資源として得ていた。この物流網は、出土した鐘ヶ崎式等の外来系土器群が示すように、反復性、継続性をそなえ、さらに、汎列島的な石器組成、土器組成に係る情報網としても機能した複合構造を採っている。 頭地下手遺跡は、異なる地域文化と共存するしくみが縄紋時代後期に存在していたこと、を実証する遺跡である。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 15659 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.15659 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 熊本県 | ||||||