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角庵1遺跡・角庵2遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/192324
https://jdcat.jsps.go.jp/records/19232405ae742e-5e49-498b-9aa3-1a2f2f9f20d2
| 公開日 | 2024-02-06 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 角庵1遺跡・角庵2遺跡 | |||||
| 作成者 | 大谷,宏治 | |||||
| 作成者 | 足立,順司 | |||||
| 作成者 | 柴田,亮平 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/21849 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 第二東名建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 ; 掛川市-3/第二東名No.102・103地点 静岡県埋蔵文化財センター調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 表紙「角庵I遺跡 (第二東名No.102地点)」「 角庵II遺跡 (第二東名No.103地点)」とあり 表紙「中日本高速道路株式会社東京支社」「静岡県埋蔵文化財センター」とあり 角庵Ⅱ遺跡は弥生時代後期前半に土壙墓(あるいは方形周溝墓)が築造され、古墳時代前期に竪穴建物と掘立柱建物で構成される集落へ変化している。近接する上ノ平遺跡が集落の時期は墓域、集落が衰退段階で角庵Ⅱ遺跡は集落へ変化しており、両者は連動して変化している可能性が高いことから、同一集団によって形成された可能性がある。 角庵Ⅰ・Ⅱ遺跡では7世紀前半に突如竪穴建物が構築され、短期間(50年程)で放棄される。気候変動に伴う移動あるいは律令期へ向かっての集落の再編・拡散、耕地の開発に伴う可能性がある。 角庵Ⅱ遺跡出土の礫石経塚は、残された経石の経文には法華三部経の『妙法蓮華経』と『無量義経』のほか、観音信仰に基づく「大悲心陀羅尼」、現生の滅罪を求める「宝篋印陀羅尼経」、十三仏信仰に基づく阿閦如来などが確認できることから、経塚造営の目的は追善供養で、現生での功徳、観音菩薩の加護、死者の涅槃等を願って僧侶と民衆が共同で造営した可能性が高い。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 21849 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.21849 | |||||
| 対象時期 | 2012/02/17 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 静岡県 | ||||||