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寺家前遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/192371
https://jdcat.jsps.go.jp/records/192371
4e943248-a600-4783-8d96-07f0b6dac8d5
公開日 2024-02-06
タイトル 寺家前遺跡
作成者 中川,律子
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/21940
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 第二東名建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 ; 藤枝市-6/第二東名No.81地点
静岡県埋蔵文化財センター調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 当地の西側には市史跡である衣原古墳群が隣接し、烏帽子形山から派生する丘陵上には寺家山古墳群の存在が知られていた。また周辺には今川氏に関連する屋敷跡の存在が想定され、北西の丘陵には「花倉の乱」の舞台となった花倉城もある。調査以前から付近に集落跡が存在することが想定されていた。しかしこれまで葉梨地域では大規模な発掘調査をする機会がなく、実態は不明であった。今回の調査では、弥生時代後期後半に初めてこの地に人の手が入り、集落と水田を開発した痕跡が見つかった。集落域では竪穴住居や掘立柱建物を検出した。水田域では低地一面に続く畔が見つかり、当時の土器や石器、建築材などの木製品が大量に出土した。水脈は集落の東側に流れる葉梨川や背後の丘陵からの水流が豊富であったと考えられる。その後、集落は一端途絶え、古墳時代後期になると再び居住域となった。奈良~平安時代の遺構はごく僅かであったが、水田域では条里制地割を持つ水田と大畔が検出された。条里水田は葉梨中流域では初めての発見となった。やや時期をあけて、11世紀末になると再び居住域となり、溝や柵列等で区画された屋敷地が3箇所見つかった。屋敷地群は12~13世紀代に最盛期であったようで、山茶碗を始めとする土器が数多く出土した。なかでも「花押」のある墨書土器は葉梨荘領主を表す可能性のあるものとして注目される。出土する陶磁器の年代から、屋敷群は14世紀以後も規模は縮小するものの存続していたと想定される。建武4年(1437)、足利尊氏が今川範国に恩賞として「葉梨の荘」を与えて以降、14世紀半ばには当地も大きな転換期となったであろう。近世以降は、小規模な集落と墓群が存在している。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 21940
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.21940
対象時期 2013/03/29
対象地域
静岡県
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Ver.1 2026-03-25 07:23:00.190978
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