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鹿児島紡績所跡・祇園之洲砲台跡・天保山砲台跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/192696
https://jdcat.jsps.go.jp/records/192696
2ad04ac7-7949-4d6e-aad1-8923f635e5d3
公開日 2024-09-02
タイトル 鹿児島紡績所跡・祇園之洲砲台跡・天保山砲台跡
作成者 西園,勝彦
作成者 鍬田,岳志
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/22612
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 近代化産業遺産群報告書作成事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
【鹿児島紡績所跡】
 鹿児島紡績所は,薩摩藩第十二代藩主島津忠義によって1867(慶応三)年に建設された日本で最初の洋式機械紡績工場である。正確な位置などが不明だったが,今回の発掘調査で紡績所の建物の基礎と考えられる遺構が発見された。また,幕末の3時期にわたる遺構が検出された。
【祇園之洲砲台跡】
 西欧の進んだ科学技術を積極的に導入する契機となったのが1863(文久三)年の「薩英戦争」である。祇園之洲砲台は,生麦事件の交渉で圧力をかけにきたイギリス艦隊に砲撃を加え,激戦地となった場所である。今回の発掘調査で,薩英戦争当時の石垣や砲座・土塁などが広く残存していることが確認された。また,石垣・土塁を「薩英戦争前につくられたもの」と,「戦争後に改修されたもの」に分けて捉えることもできた。
【天保山砲台跡】
 天保山砲台は,1863(文久3)年の「薩英戦争」でイギリス艦隊と砲撃戦を交えた場所で,ここからの砲撃で戦いの火ぶたが切られたと言われている。天保山砲台跡では,半円形に2列の敷石が敷かれた軌条を2基検出した。この敷石には,轍が確認できる。また,甲突川に向かって下る石畳(荷揚場)を検出した。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 22612
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.22612
対象時期 2012/03/31
対象地域
鹿児島県
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Ver.1 2026-03-25 07:29:44.560335
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