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稲荷迫遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/192709
https://jdcat.jsps.go.jp/records/192709118352e2-c8ae-4544-a0e2-450f198b8daf
| 公開日 | 2024-06-04 | |||||
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| タイトル | 稲荷迫遺跡 | |||||
| 作成者 | 東,和幸 | |||||
| 作成者 | 羽嶋,敦洋 | |||||
| 作成者 | 辻,明啓 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/22629 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 志布志福山線(有明志布志道路)改築に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 鹿児島県立埋蔵文化財センター発掘調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 旧石器時代の遺構・遺物は少なかったが,縄文時代早期になると多くの遺構が検出された。土器型式が多様であるのに対し,遺物量が少なかったことから,キャンプサイトとしての利用が考えられる。 縄文時代後期中半の市来式土器や丸尾式土器には,雲母を多く含むものと含まないものの両者が見られ,土器が作られた場所の違いも想定される。縄文時代後期後半の中岳Ⅱ式土器は,上加世田式土器や入佐式土器と関わりをもつ後出のものであると考えられる。縄文時代終末期から弥生時代前期にかけての時期は,刻目突帯文土器や孔列文土器に伴って,北部九州系の壺形土器が出土しており,その時間的位置づけを再検討する必要が出てきた。弥生時代中期は前半期が主体であり,後半になると次第に遺物量が減ってくる。古墳時代は5 世紀後半から6 世紀代を中心とする住居跡が4 基検出され, 志布志湾岸古墳地帯における集落の様相が明らかになった。また,管玉や勾玉をもっている点も南九州では希な例である。古代は遺物が少なかったが,焼塩壺や鞴の羽口が出土している。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 22629 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.22629 | |||||
| 対象時期 | 2012/03 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 鹿児島県 | ||||||