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母畑地区遺跡発掘調査報告
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193117
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1931172cd51fd4-b572-436c-93eb-f9bd31e82598
| 公開日 | 2024-03-21 | |||||
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| タイトル | 母畑地区遺跡発掘調査報告 | |||||
| 作成者 | 目黒,吉明 | |||||
| 作成者 | 若林,伸亮 | |||||
| 作成者 | 西間木,薫 | |||||
| 作成者 | 橋本,博幸 | |||||
| 作成者 | 安田,稔 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/23497 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 国営総合農地開発事業 / 唐松A遺跡(含・唐松館跡) 地蔵田A遺跡 地蔵田B遺跡(含・カナイ館跡) 福島県文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [唐松A遺跡 要約] 本遺跡は、谷田川により形成された中位段丘面に立地する、縄文時代〜中世の複合遺跡である。検出された主な遺構は、縄文時代が落し穴状土坑、古墳・奈良・平安時代が竪穴住居跡、中世が城館跡(唐松館跡)に伴う濠・土塁である。平安時代の竪穴住居跡(5号住居跡)は、平面形が長方形で、床面中央には炉跡のような施設を有するなど、一般の住居跡とは異なり、特殊な目的のために使用された可能性がある。城館跡は、立地や遺構の状況等から、中世でも比較的早い時期の所産と推定される。また、城館跡の濠は、北西からの敵に備えたためか、北部〜西部にかけて二重となっている。特筆される遺物は、土坑から出土した縄文時代早期前葉の撚糸文系土器、濠から出土した漆を塗った木製椀等がある。 [地蔵田A遺跡 要約] 本遺跡は、北に向って舌状に張り出した丘陵部の頂部及び緩斜面に立地する、縄文時代・平安時代を主体とする集落跡である。縄文時代の遺構は、竪穴住居跡3軒と土坑3基である。竪穴住居跡は、3軒とも早期末葉頃の所産で、このうち2軒では住居跡内部に炉跡が確認された。土坑は、詳細な時期は不明だが、形状から落し穴状土坑と考えられ、いずれも底面に小穴が4基確認された。なお、竪穴住居跡は丘陵頂部に近い東側緩斜面、土坑は北側斜面にまとまって立地するという特徴がある。平安時代の遺構は、小型の竪穴住居跡3軒で、丘陵頂部・北側斜面・丘陵裾部の平坦面の各所に分散して立地している。 [地蔵田B遺跡 要約] 本遺跡は、谷田川により形成された中位段丘面に立地する、縄文時代の集落跡と中世城館跡の複合遺跡である。縄文時代の遺構は、竪穴住居跡1軒と土坑7基を確認した。竪穴住居跡は、出土遺物から前期前半の所産と考えられる。中世城館跡(カナイ館跡)は、土塁や明確な建物跡は検出されなかったが、上端幅約5.5m、深さ約1mの濠で囲まれた、一辺約62m四方の単郭式の城館跡であることが明らかとなった。城館跡の時期を推定できる資料は少なかったが、濠からは、14〜15世紀頃とみられる中世陶器が出土した。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 23497 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.23497 | |||||
| 対象時期 | 1983/03/30 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福島県 | ||||||