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母畑地区遺跡発掘調査報告
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193119
https://jdcat.jsps.go.jp/records/19311947f7c5f3-0b5e-4f77-97c7-862f276f25ab
| 公開日 | 2024-03-21 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 母畑地区遺跡発掘調査報告 | |||||
| 作成者 | 渡部,正俊 | |||||
| 作成者 | 阿部,正行 | |||||
| 作成者 | 玉川,一郎 | |||||
| 作成者 | 大越,道正 | |||||
| 作成者 | 橋本,博幸 | |||||
| 作成者 | 阿部,俊夫 | |||||
| 作成者 | 石本,弘 | |||||
| 作成者 | 芳賀,英一 | |||||
| 作成者 | 松本,茂 | |||||
| 作成者 | 高橋,信一 | |||||
| 作成者 | 安田,稔 | |||||
| 作成者 | 石川,俊英 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/23500 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 国営総合農地開発事業 / 大久保A遺跡 沼平遺跡 沼平東遺跡 沼平塚群 細桙城跡 福島県文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [細桙城跡 要約] 本遺跡は、東西に長い舌状丘陵上に立地する、中世城館跡である。調査区は、細桙城跡の主郭と考えられる「一の郭」より東方に位置する「二の郭」とした箇所である。城館跡に伴う遺構は、空堀と土塁を確認した。空堀は、薬研堀の形状を呈し、底面に1条の溝が掘られている特徴がある。空堀の規模は、深さ1.5〜2.5m、上端幅2.4〜4.1mである。土塁は、規定幅2.5〜3.5m、高さ約60cmで、空堀を掘削した土を積み上げて構築されている。城館跡に伴う遺物は、空堀から出土した石臼1点のみである。この他、土坑・溝跡・井戸跡・ピット群を確認したが、大半が所属時期は確定できなかった。 [沼平遺跡 要約] 本遺跡は、丘陵裾部の南向き緩斜面に立地する、奈良・平安時代の遺跡である。確認した該期の遺構は、竪穴住居跡14軒、掘立柱建物跡2棟、溝跡2条である。竪穴住居跡の構造では、上に土器を被せて暗渠とした溝、住居跡外に延びる溝、住居跡の周囲に巡らせた溝など、各種の排水用の施設が特筆される。また、3軒の竪穴住居跡からは、祭祀関連遺物とみられる土製丸玉・手捏土器が出土し、注目される。 [沼平東遺跡 要約] 本遺跡は、丘陵尾根部及び丘陵裾部の南向き緩斜面に立地する、奈良・平安時代を中心とした遺跡である。確認した該期の遺構は、竪穴住居跡15軒、掘立柱建物跡9棟、土坑5基である。竪穴住居跡と掘立柱建物跡は、計画的に「コ」字状に配置されており、特筆される。また、竪穴住居跡と掘立柱建物跡とに囲まれた集落の中央では遺構が何も検出されず、「広場」としての機能が想定される。この他、縄文時代の落し穴状土坑2基、時期不明の土坑3基・溝跡8条を確認した。 [沼平塚群 要約] 本遺跡は、阿武隈高地西部の丘陵尾根上に立地する。塚は、東西約1kmにわたって、ほぼ一列に分布し、計42基確認されている。このうち、今回調査の対象となったのは、26基である。塚は、周辺の土を積み上げて構築されている。平面形は円形ないし楕円形、断面形は半球状を呈する。規模は、直径6m前後、高さ0.4〜1.0mである。塚の時期や性格については、塚に伴う遺物や付属施設がないこと、塚に関する文献史料や伝承なども残されていないこと等から、詳細は不明である。ただ、本塚群が分布する箇所は、旧小倉村と旧下小山田村の村境に合致し、現在の字界にもほぼ一致するため、境界としての塚などの、何らかの意味をもって意識的に配置されたことが想定される。 [大久保A遺跡 要約] 本遺跡は、阿武隈高地西端部の丘陵上に立地する、縄文時代、弥生時代、奈良時代の複合遺跡である。縄文時代は、丘陵東側斜面に分布する54基の落し穴状土坑を確認した。弥生時代は3基の墓壙を確認した。このうち、1号土坑からは管玉11点、3号土坑からは弥生土器1個体と破砕礫が出土した。これらの出土遺物は、埋葬時の副葬品と考えられる。奈良時代は、丘陵南側斜面において、半地下式の須恵器窯跡1基を確認した。燃焼部及び焼成部の底面からは、多量の須恵器片が出土した。なお、窯跡出土須恵器の約9割が甕という特徴が指摘される。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 23500 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.23500 | |||||
| 対象時期 | 1981/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福島県 | ||||||