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堤沼上遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193253
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193253f54d2215-74cc-47f3-9118-6f9352404a9d
| 公開日 | 2024-05-23 | |||||
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| タイトル | 堤沼上遺跡 | |||||
| 作成者 | 女屋,和志雄 | |||||
| 作成者 | 高島,英之 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/24379 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 一般国道17号(上武道路)改築工事に伴う埋蔵文化財発掘調査(その2)報告書 群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [堤沼上遺跡 要約] 遺跡は、赤城山南麓のほぼ中央部、寺沢川左岸にある台地上に位置する。標高120m、旧利根川の流路である広瀬川低地帯にも近く、縄文時代はもちろん、古墳時代以降の遺跡が多い一画である。寺沢川との合流点には、6世紀初頭の前方後円墳正円寺古墳がある。調査では、谷地の水田との関連なのか、台地の東縁辺部に住居跡40軒をはじめとした遺構が集中している。6世紀後半の一時期と、その後8世紀前半から10世紀前半までの2つの時期にピークがある。集落が中断するのは、谷地に水の乏しいことが原因らしく、2条の大溝は恒久的な灌漑施設として作られた。時期は、9 10世紀、谷地開発の切札ともいうべき存在で、これにより地域での開発が遺跡の枠を超えていたことが分かる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 24379 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.24379 | |||||
| 対象時期 | 2008/01/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 群馬県 | ||||||