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細谷南遺跡・細谷八幡遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/193653
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193653
e249d064-ab4d-409e-84f9-3876a9b2ee0c
公開日 2024-05-21
タイトル 細谷南遺跡・細谷八幡遺跡
作成者 金井,武
作成者 森田,真一
作成者 高井,佳弘
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/26440
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 国道354号太田バイパス道路特殊改良一種事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 ; 1
群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
[細谷南遺跡 要約]
本遺跡は群馬県太田市にあり、大間々扇状地南東の由良台地の南端付近にある。今回の調査地は台地と低地との境部分にあたり、西側は台地、東側は低地となる。調査した遺構は竪穴住居41軒、掘立柱建物7棟、土坑42基、溝16条、井戸11基などであり、大部分は西側の台地上にある。竪穴住居は3世紀末 4世紀初頭のものを最古とし、その後11世紀後半までのものがある。最も多いのは9世紀代でありほぼ半数の20軒がその時期のものである。掘立柱建物は時期を特定できないものもあるが、台地上のものは7世紀中頃 9世紀前半の間に収まる。その他の土坑・溝・井戸には各種の時代のものが含まれている。特筆すべきは、台地と低地との境にある溝で、その埋土の中には9世紀 11世紀の土器が数多く含まれていた。東側の低地部には浅間B軽石層が薄く存在し、その下層に水田耕作土が見られた。畦などの遺構は残っていなかったが、プラントオパール分析でもイネが検出されており、水田の存在は確実である。本遺跡は太田市南部の古墳 奈良・平安時代の集落として大規模なものであると思われ、今回はその東端部を調査したものと思われる。
[細谷八幡遺跡 要約]
本遺跡は群馬県太田市にあり、大間々扇状地南東の由良台地の南端付近にある。今回の調査地は蛇川の西岸にあたり、全域が台地上にある。調査した遺構は竪穴住居33軒、土坑85基、溝47条、井戸2基などである。調査した竪穴住居のうち、時期を特定できるものは全て9世紀代であり、そのうちの大部分は9世紀後半に収まるものと思われる。その前後の時期の遺構はほとんど存在せず、遺物も少ないので、本遺跡の集落は9世紀後半を中心としたごく短期間に営まれたものであると考えられる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 26440
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.26440
対象時期 2007/02/28
対象地域
群馬県
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Ver.1 2026-03-25 07:49:42.621119
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