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興聖寺跡・寺之後遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193897
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193897ba1ad502-7476-44f7-8d59-a2348b49c296
| 公開日 | 2025-03-07 | |||||
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| タイトル | 興聖寺跡・寺之後遺跡 | |||||
| 作成者 | 後藤,信祐 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/27514 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 安全な道づくり事業(交付金)主要地方道佐野田沼線新吉水工区に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 栃木県埋蔵文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 興聖寺城跡は、安貞 2 年(1228)、佐野国綱が築いた城館で、東西 116 m、南北 133 mの ほぼ方形の土塁と、その外側(西側以外)に堀跡が良好な状態で残っている。今回の発掘調査 では、中近世と思われる土器の小破片は出土したものの、調査区の幅が狭いうえ昭和 40 年代 の県道造成の際の攪乱を受けていることから、西側土塁の外堀の肩などは確認できなかった。 寺之後遺跡は、興聖寺城跡の南西 700 mあり、麻績郷との関連が指摘されている古墳時代 後期から平安時代の集落跡である。過去 2 回の発掘調査が行われているが、今回の調査でほぼ 集落の北限が確認された。また、中世の遺構・遺物のほか、西4・5区では旧河道が確認され ている。これは「蓼沼家古絵図」に描かれている本丸(興聖寺城)・北二の丸・南二の丸・三 の丸の周囲をさらに 800 m四方で囲んだ南側の水堀跡との関連が考えられる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 27514 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.27514 | |||||
| 対象時期 | 2013/03/25 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 栃木県 | ||||||