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アイテム
北ノ内遺跡・助五郎内遺跡・星ノ宮遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193907
https://jdcat.jsps.go.jp/records/19390785923a7b-0475-47e1-aef2-f3772f1b66c7
| 公開日 | 2025-03-04 | |||||
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| タイトル | 北ノ内遺跡・助五郎内遺跡・星ノ宮遺跡 | |||||
| 作成者 | 永井,三郎 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/27530 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 農地整備事業(経営体育成型)小貝川沿岸2期地区における埋蔵文化財発掘調査 栃木県埋蔵文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 北ノ内遺跡1次調査 北ノ内遺跡は小貝川左岸の丘陵上に位置する縄文時代、古墳〜平安時代の集落遺跡である。縄文時代 中期の竪穴建物跡が 1 軒と袋状土坑が確認され、阿玉台式土器が出土している。古墳〜平安時代は竪穴 建物跡が多数確認された。古墳時代後期は安定的に経営されるがその後停滞し、平安時代の 9 世紀後葉 に急激に拡大する。その後縮小して 10 世紀後半で終焉を迎える。墨書土器は「槻本」「井上」等が出 土している。 北ノ内遺跡の 2 次調査区は小貝川左岸の丘陵上に位置し、1 次調査区とは小さな谷を挟み約 150m 北に位置する。古墳〜平安時代の掘立柱建物跡・竪穴建物跡が確認され、中心は平安時代 9 世紀中葉 〜 10 世紀前半にある。9 世紀後半に四面廂建物を中心とする掘立柱建物群が形成され、倉庫、竃屋を備えた豪族居宅と考えられる。また竃屋からは「目」墨書土器が出土している。8 世紀の須恵器坏蓋内 面にタヌキのものと思われる獣足跡が確認された。 星ノ宮遺跡出土の板材と北ノ内遺跡出土の貝類について分析した。板材は樹種同定の結果モミ属、放射性炭素年代測定の結果は13 世紀末〜14 世紀初頭である。貝類はカワシンジュガイと同定された。 北ノ内遺跡・北ノ内遺跡(2 次調査)・助五郎内遺跡・星ノ宮遺跡について総括した。第1 節で遺物の変遷、第2 節で遺構の変遷を示した。第3 節「北ノ内遺跡の建物群」では、北ノ内遺跡の2 次調査で確認された掘立柱建物群と四面廂建物について検討し、遺跡の性格を豪族居宅と位置付けた。第4 節「小貝川上流域における集落の動向と平安時代の開発」では、小貝川上流域における古墳〜平安時代の集落遺跡を検討した。奈良時代に小貝川と支流の合流部で開発が行われ、平安時代に入ると小貝川沿岸 の狭小な谷部にも開発の手が進められた。北ノ内遺跡はそれを主導した有力者の居宅であり、開発経営拠点と位置付けた。また「目」墨書土器が示す国司との関係は、国司が勧農政策の一環として地域の開発経営拠点を訪れたものと考えた。第5 節「北ノ内遺跡出土の須恵器にみられる獣足跡」では須恵器についた獣足跡について検討し、タヌキのものである可能性が高いと判断した。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 27530 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.27530 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/26 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 栃木県 | ||||||