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京都府遺跡調査報告集 第153冊
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193912
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1939128f93cffa-a4b7-43c2-b64a-3af357446ddb
| 公開日 | 2025-09-29 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 京都府遺跡調査報告集 第153冊 | |||||
| 作成者 | 増田,孝彦 | |||||
| 作成者 | 高野,陽子 | |||||
| 作成者 | 竹原,一彦 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/27615 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 京都府遺跡調査報告集 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [長岡京跡右京第1008・1023次・松田遺跡 要約] 弥生時代中期の竪穴式住居跡の検出は、松田遺跡の周辺遺跡を含めても初めての検出で、下植野南遺跡で方形周溝墓群を形成した造墓集団の集落の可能性がある。また、弥生時代後期の平面形が八角形でベッド状遺構を有する住居跡を検出した。ベッド状遺構を有する多角形住居は播磨地域に多く認められることから、その地域との関連がうかがわれる。古墳時代前期では、竪穴式住居跡を検出した。弥生時代中期以降、集落が営まれ続けていることを確認した。古墳時代後期では、4基の竪穴式住居跡を検出した。調査地周辺の下植野南遺跡や算用田遺跡・百々遺跡を含めて、広範囲に同時期の集落が形成されていたことを追認した。出土遺物に緑色凝灰岩があることから玉作り工房、鍛冶滓・フイゴ羽口があることから鍛冶工房が存在していた可能性がある。 奈良時代末〜平安時代初頭の掘立柱建物跡や溝などの遺構は、今回の調査地の南側及び南西で同時期の遺構が検出されている。建物群は南北方向に造られていること、規模が大きいこと、広範囲に配置されること、瓦が出土していることから、一般の住宅とは考えにくい。長岡京の京域がこの地域まで整備されていた、長岡京期〜平安時代の山崎津関係の施設、平安時代に「長岡京南」へ移された山城国府などの可能性が想定される。また、鍛 冶滓・フイゴ羽口が出土していることから鍛冶工房が存在していた可能性もある。中世では建物跡は特定できなかったが、井戸や土坑が検出され、西側の右京第997次調査で確認された屋敷地の東限と考えられる。 [山崎津跡第17次 要約] 顕著な遺構は確認されなかったが、出土遺物は中世を中心に土師器、須恵器、緑釉陶器など多彩であり、「由□」と線刻された瓦や「大」と墨書された白磁椀もみられる。これらの遺物がほとんど摩滅していないことから、付近に港(津)に係わる施設あるいは集落があった可能性が高く、この周辺が「山崎津」の一角を占める地点であることが想定される。 [下馬遺跡第4次 要約] 縄文時代晩期の土坑や古墳時代・奈良時代の自然流路、平安~鎌倉時代の掘立柱建物・柵列・溝・自然流路・土坑・木棺墓を検出した。縄文時代についてはこれまで自然流路しか確認されていなかったが、今回土坑が見つかったことにより同時期の集落が存在する可能性が高まった。また、中世については、昨年度に引き続き建物群を確認し、片山遺跡と合わせて集落の様相が明らかになってきた。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 27615 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.27615 | |||||
| 対象時期 | 2012/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 京都府 | ||||||