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京都府遺跡調査報告集 第158冊
https://jdcat.jsps.go.jp/records/193918
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1939188bcb217e-cf06-486b-958f-900c52ef582e
| 公開日 | 2025-10-08 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 京都府遺跡調査報告集 第158冊 | |||||
| 作成者 | 岡﨑,研一 | |||||
| 作成者 | 引原,茂治 | |||||
| 作成者 | 中川,和哉 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/27629 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 京都府遺跡調査報告集 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [石田城跡・由里古墳群・石田谷古墳群・石田谷遺跡第2・3次 要約] 由里古墳群では古墳を2基確認した。山城の造成などによって墳丘部分は失われていた。1号墳では石棺を用いた主体部を検出し、石棺内からは2体の人骨が出土した。石棺の床面には礫が敷かれており、副葬品として鉄斧とヤリガンナが出土した。人骨の分析により古墳時代前期の墓の可能性が指摘できる。2号墳では木棺直葬の主体部を1基検出し、棺内から鉄剣が1点出土した。遺構は近世以降の墓によって撹乱を受けていたが、棺痕跡の底部が舟底状を呈しており、舟形木棺が採用されていたと考えられる。 石田谷古墳群では、古墳に関する遺構・遺物は確認できなかった。 石田谷遺跡では、主要な遺構として弥生時代後期の竪穴建物1棟、奈良時代から平安時代の掘立柱建物2棟や柱穴を検出した。竪穴建物からヤリガンナが出土した例は少なく、墳墓における鉄器保有率の高いこの地域の生活を知る上で貴重な成果である。奈良時代から平安時代の遺構についてはこれまで当遺跡では確認されておらず、建物2棟が同じ地点に建てられていること、一定量遺物が出土していることから集落が一定期間営まれていたことが明らかになった。また、谷地形からは弥生時代中期から古墳時代前期の残存率の良い土器群が多量に出土した。土器の中には装飾器台や内面が朱で彩色された片口の鉢、朱が付着した磨り石など一般的な集落で見られないものが含まれ、上流部分で祭祀行為が行われていた可能性がある。 [長岡京跡右京第1067次・開田遺跡・開田古墳群 要約] 調査地は、長岡京の五条大路と西一坊大路の交差点南東側に相当する地点であるが、長岡京期の遺構は布目瓦を含む土坑のみである。中世の溝や近世の土坑群を確認した。性格は不明である。調査地東側には旧西国街道が南北に通じており、調査地は街道沿いの家屋の裏部分にあたることから、宅地の裏庭に設けられた廃棄土坑とみられる。 開田古墳群の遺構として古墳時代中期の方墳の周溝を検出した。一辺約7.5mの小型方墳に復元でき、周溝内から初期須恵器を含む5世紀の遺物が出土している。埋葬施設は、後世の削平のため残存していなかった。調査地周辺では、削平された古墳群が確認されており、開田古墳群の支群である東羅支群として捉えられている。東羅支群では、これまでの調査で12基の古墳が確認されており、今回の調査で、さらに1基の古墳を追加することになった。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 27629 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.27629 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/25 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 京都府 | ||||||