言語:

WEKO3

  • トップ
  • ランキング
To
lat lon distance
To

Field does not validate



メールアドレスを入力してください。

WEKO

One fine body…

WEKO

One fine body…

アイテム

市原市村上遺跡・村上山王前遺跡・廿五里十三割遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/195251
https://jdcat.jsps.go.jp/records/195251
836d2a9e-3a5c-46ca-8395-d557735233d0
公開日 2024-06-20
タイトル 市原市村上遺跡・村上山王前遺跡・廿五里十三割遺跡
作成者 小久貫,隆史
作成者 渡邊,高弘
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/31457
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 村上遺跡群埋蔵文化財調査報告書
千葉県文化財センター調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
[廿五里十三割遺跡 要約]
廿五里十三割遺跡は養老川の右岸氾濫原の標高約5mの低湿地に立地する。対象面積の10%の面積で確認調査を行ったが、遺構は検出されず、遺物も土師器・中世陶器の細片がわずかに出土したのみであったため、本調査に移行せず、調査を終了した。
[村上山王前遺跡 要約]
村上山王前遺跡は養老川の右岸氾濫原の標高約7mの低湿地に立地する。対象面積の10%の面積で確認調査を行ったが、遺構は検出されず、遺物も土師器・中世陶器の細片がわずかに出土したのみであったため、本調査に移行せず、調査を終了した。
[村上遺跡 要約]
村上遺跡は養老川右岸の標高7m前後の低位段丘上に立地する。縄文時代は遺構がみられないが、後期加曽利B2式から曽谷式期にかけての遺物包含層が検出された。弥生時代は後期の土坑1基・溝2条が検出された。溝は自然流路である。1条は溝底に打ち込まれた杭列を伴っており、堰の可能性がある。水田は検出されなかったが、周囲に存在する可能性が高い。流路から丸木弓が出土した。古墳時代は竪穴住居9軒・土坑9基・溝2条が検出された。時期はいずれも前期である。奈良・平安時代は掘立柱建物65棟・土坑21基・方形周溝状遺構1基・溝2条が検出された。土坑の時期は8世紀後葉〜9世紀前半である。溝の時期は1条が8世紀前半〜9世紀後葉、もう1条が9世紀後半である。掘立柱建物群の性格をみると、養老川の旧河道に近いものは国府の津の一つであり、遠いものは経済活動の拠点施設とみられる。その経営者は上総国府関係の有力者であろう。津の掘立柱建物群のうち4間×3間で周囲に廂の布堀状の掘方をもつ建物は、津の中心建物であり、出土遺物に畿内産土師器模倣の有台盤もある。中・近世の遺構は溝6条である。そのうち2条は15世紀以降、3条は近世のものである。他の1条は現道路下にあり、道路遺構である。そのほかに溝がおよそ140条あるが、時期は不明である。中世の溝は村上城に関係する可能性があるが、出土遺物の年代がやや異なるため、直接関係があるか断定しがたい。近世は溝のあり方から、屋敷地とその背後の水田・畑といった景観が想定される。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 31457
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.31457
対象時期 1997/03/31
対象地域
千葉県
戻る
0
views
See details
Views

Versions

Ver.1 2026-03-25 08:23:08.153313
Show All versions

エクスポート

OAI-PMH
  • OAI-PMH JPCOAR 2.0
  • OAI-PMH JPCOAR 1.0
  • OAI-PMH DublinCore
  • OAI-PMH DDI
Other Formats
  • JSON
  • BIBTEX

Confirm


Powered by WEKO3

Change consent settings


Powered by WEKO3

Change consent settings