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加曽利貝塚
https://jdcat.jsps.go.jp/records/195434
https://jdcat.jsps.go.jp/records/195434f7213bce-593a-465d-88b0-34fcd0958545
| 公開日 | 2024-06-18 | |||||
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| タイトル | 加曽利貝塚 | |||||
| 作成者 | 古内,茂 | |||||
| 作成者 | 池田,大助 | |||||
| 作成者 | 萩原,恭一 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/31839 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 県営桜木第二団地建設に伴う埋蔵文化財調査報告書 千葉県文化財センター調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [加曽利貝塚 要約] 加曽利貝塚は都川の支流によって開析された小支谷に面する標高30mの台地上に立地する。調査区は加曽利南貝塚の南側縁辺部にあたる。確認調査の結果、調査区の北西部分は遺構が集中するため保存対象範囲となり、南東部分は工場跡地であった影響により遺構は無く、遺物も希薄であったため、そのまま開発対象範囲となった。残る南西部分が本調査対象範囲となったが、遺構は検出されなかった。検出された遺構は土坑1基と溝状遺構を除いて完掘したが、調査した遺構も公園緑地に保存されている。竪穴住居は縄文時代中期の阿玉台式期のものであり、貝塚を構成した初期の遺構の一つである。また埋甕は曽谷式ないし安行1式のものであり、後期末葉の遺構が南貝塚縁辺部まで広がることがわかった。以上により加曽利貝塚内の集落は南側縁辺部まで広がり、かなり大規模になることが判明した。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 31839 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.31839 | |||||
| 対象時期 | 1986/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 千葉県 | ||||||