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首都圏中央連絡自動車道埋蔵文化財調査報告書
https://jdcat.jsps.go.jp/records/195444
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1954440fb6d2cb-7359-4fab-82fc-5e8195b3982c
| 公開日 | 2024-06-20 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 首都圏中央連絡自動車道埋蔵文化財調査報告書 | |||||
| 作成者 | 麻生,正信 | |||||
| 作成者 | 小林,清隆 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/31854 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 東金市鉢ヶ谷遺跡(1)・(2),大網白里市若司谷遺跡 千葉県教育振興財団調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [若司谷遺跡 要約] 若司谷遺跡からは遺構が検出されず、塚についても地山整形の可能性をもつものの、積極的に人為的に改変した痕跡は見いだし難い状況であった。 [鉢ヶ谷遺跡(1) 要約] 鉢ヶ谷遺跡(1)では、上層遺構は検出されず、下層の確認調査で剥片が出土した。 [鉢ヶ谷遺跡(2) 要約] 鉢ヶ谷遺跡(2)では、縄文時代中期後半の竪穴住居と小竪穴を検出した。竪穴住居は加曽利E1式期に比定され、小竪穴は中峠式期から構築されている。近隣に所在する羽戸遺跡や養安寺遺跡の大規模な中期集落と同時期の小規模集落として注目される。奈良・平安時代については、遺跡の北東端部の状況を明らかにした点が大きい。竪穴住居は9世紀が主体になり、分布状況はやや閑散としている。また、掘立柱建物が僅か1棟で、中心的な地域と大きな違いが認められた。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 31854 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.31854 | |||||
| 対象時期 | 2016/12/22 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 千葉県 | ||||||