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平成30年度発掘調査報告書
https://jdcat.jsps.go.jp/records/197845
https://jdcat.jsps.go.jp/records/19784579c8d7ec-516a-4329-839f-4fa7807f2533
| 公開日 | 2024-06-12 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 平成30年度発掘調査報告書 | |||||
| 作成者 | 溜,浩二郎 | |||||
| 作成者 | 北田,勲 | |||||
| 作成者 | 村木,敬 | |||||
| 作成者 | 舩渡,耕己 | |||||
| 作成者 | 藤田,崇志 | |||||
| 作成者 | 福島,正和 | |||||
| 作成者 | 川村,英 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/54344 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 祇園1遺跡・岩洞湖E遺跡・八幡館跡・沖遺跡・森の越遺跡第36次・ほか調査概報(13遺跡) 岩手県文化振興事業団埋蔵文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 祇園Ⅰ遺跡・・・遺跡は縄文時代~近世まで長期にわたり断続的に生活に利用されていたことが明らかになった。10世紀後半~11世紀前半は狩猟場、その他の時期は出土遺物量及び検出遺構から生活領域にあるが、集落から離れた場所であったと考えられる。 岩洞湖E遺跡・・・岩洞湖の北西端に位置する遺跡で、調査から柱穴状土坑1個を確認した。調査区内からの出土遺物はないが、浸食された湖岸からは縄文時代前期初頭~晩期中葉までの各時期の遺物を表面採取することができる。また、縄文時代の竪穴住居・土坑・陥し穴状遺構など各種遺構が認められ、遺跡の一端を窺い知ることができる。 八幡館跡・・・今回の調査から、平安時代中期の竪穴住居1棟と中世と考えられる堀3条が確認された。竪穴住居は、北上川によって形成された段丘縁の調査区西端で検出され、川に近い箇所まで集落が広がっているのが分かった。遺構内から、内外面にタタキ目のある丸底土師器の北陸型長胴甕が出土し、内陸北部まで分布することが確認された。中世と考えられる堀のうち、調査区北端で検出された1条は、調査区北側にある城館本体をL字形に巡ると推測され、城館の範囲を推定することができた。また、調査区南側からも2条の堀が見つかったことから、平時の居館の存在も想定される。堀からは出土遺物がなく時期を特定できないが、谷を埋め立てた造成土から16世紀末の所産と見られる唐津埦片が出土しており、少なくとも該期まで城館が存続していたことが指摘される。 沖遺跡・・・古代の竪穴住居1棟と近世の掘立柱建物7棟を検出し、古代と近世の複合遺跡であることが判明した。古代の住居は近世期に削平を受けている。 森の越遺跡・・・森の越遺跡は、これまで35次に及ぶ発掘調査によって、縄文時代中期の大規模集落として知られていた。今回の第36次調査は集落の南端に当たる部分である。調査によって縄文時代の掘立柱建物、土坑などを検出した。掘立柱建物のうち1棟は6角形の平面形態であると推測される。土坑のうち大形のものは、貯蔵穴の機能を有するものと考えられる。縄文時代中期における大規模集落の縁辺部の様子を窺うことができた。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 54344 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.54344 | |||||
| 対象時期 | 2019/03/20 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 岩手県 | ||||||