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八千代市堂の上遺跡・上高野白幡遺跡・平沢遺跡・赤作遺跡・阿蘇中学校東側遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198016
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198016df68543b-1bf8-437e-9a07-ae118c685023
| 公開日 | 2024-07-05 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 八千代市堂の上遺跡・上高野白幡遺跡・平沢遺跡・赤作遺跡・阿蘇中学校東側遺跡 | |||||
| 作成者 | 田島,新 | |||||
| 作成者 | 黒沢,崇 | |||||
| 作成者 | 牧,武尊 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/57415 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 一般国道296号線道路改良事業埋蔵文化財調査報告書 千葉県教育委員会埋蔵文化財調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 堂の上遺跡は4回にわたり発掘調査を実施した。旧石器時代ではⅥ層~Ⅸ層にかけて小規模な石器集中出土地点が1か所検出された。縄文時代では称名寺式土器を主体に土器が多く出土したが、遺構は竪穴住居跡1軒と土坑のみである。弥生時代では後期集落が検出された。遺物の出土は少量である。古墳時代では中期の集落が検出され、その中の1軒から滑石製臼玉の製作剥片や未成品が多数出土した。 上高野白幡遺跡の旧石器時代では単独で剥片が2点出土したのみである。縄文時代では土坑が1基のみと早期から後期の縄文土器破片が少量出土した。弥生時代では中期後葉(宮ノ台式期)の竪穴住居跡が5軒まとまって検出された。石器を伴うなど出土遺物も豊富である。 平沢遺跡の旧石器時代ではⅢ層~Ⅶ層にかけて石器集中地点が2か所検出された。縄文時代では土坑が2基検出され、石鏃の製作剥片が出土した。縄文土器は早期・前期・後期のものが少量出土した。 赤作遺跡の旧石器時代ではⅢ層~Ⅹb層にかけての石器集中地点が3か所検出された。縄文時代では土坑が2基のみであったが、前期末と考えられる顔面表現の付く深鉢が出土した。中・近世では土坑と溝が検出され、遺物では陶器と銭貨が少量出土した。 阿蘇中学校東側遺跡の旧石器時代ではⅦ層を中心とした比較的規模の大きい石器集中地点が1か所検出された。縄文時代では土坑と炉穴が1基ずつ、遺物の出土も極めて少ない。中・近世では土坑が11基検出された。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 57415 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.57415 | |||||
| 対象時期 | 2016/03/25 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 千葉県 | ||||||