WEKO3
アイテム
石垣遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198842
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198842aca84316-7a5d-41ef-a99f-d508ff9370a7
| 公開日 | 2024-02-13 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 石垣遺跡 | |||||
| 作成者 | 山田,隆博 | |||||
| 作成者 | 藤田,祐 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
|||||
| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/61897 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 常磐自動車道(県境~山元間)建設工事に係る発掘調査報告書 ; 2 山元町文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 石垣遺跡は、亘理郡山元町山寺字石垣に所在し、山元町役場の西約800mに位置する。遺跡は、阿武隈山地から東に延びる丘陵の山寺川西側に広がる標高26~32mの中位段丘に立地する。遺跡の範囲は、東西60m、南北200mほどの広がりをもつ。 調査の結果、竪穴住居跡5軒、竪穴状遺構4軒、掘立柱建物跡37棟、柱穴列4条、土坑32基、井戸跡1基、ピット256個を検出した。出土遺物は、縄文土器、土師器、須恵器、陶磁器、石器などである。 縄文時代の遺構には、土坑2基があり、その形状から陥し穴と考えられる。出土遺物から時期がわかるものは、縄文時代中期後葉と想定される。 古墳時代の遺構には、竪穴住居跡2棟があり、出土遺物から古墳時代前期のものと考えられる。 平安時代の遺構には、竪穴住居跡3軒、竪穴状遺構4軒、土坑1基がある。これらの遺構からは9世紀後半代の遺物が出土し、これらは同じ年代幅におさまることから、同時期に遺構が共存した可能性が考えられる。特にSK2では、土師器・須恵器が一括廃棄された状態で出土し、中には墨書土器(「田」・「人」)も出土した。 近世の遺構には、掘立柱建物跡37棟、柱穴列跡4条、土坑3基、井戸跡1基、ピット多数がある。建物跡はA区からB区北側までの範囲に分布し、特にA区中央とB区北側で建物跡が密集する状況が確認された。建物は幾度も建て替えが行われ、屋敷が長期間存続していた可能性が考えられる。 石垣遺跡の周辺には、北に涌沢遺跡、南に的場遺跡がある。石垣遺跡は、湧沢遺跡とほぼ同じ年代幅をもつ平安時代の竪穴住居跡と土器廃棄土坑が確認され、的場遺跡とほぼ同じ年代幅をもつ竪穴住居跡と柱掘方の規模や柱寸法に共通性のある掘立柱建物跡が認められた。各遺跡は山寺川と涌沢川によって隔てられるものの、涌沢遺跡が平安時代、的場遺跡が古墳時代から近世において石垣遺跡と一連の集落であったと推定される。 |
|||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 61897 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.61897 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/28 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 宮城県 | ||||||