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中筋遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198846
https://jdcat.jsps.go.jp/records/1988468a9c28a4-4c4f-4a8d-9fb4-42b4fa4f129a
| 公開日 | 2024-02-13 | |||||
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| タイトル | 中筋遺跡 | |||||
| 作成者 | 山田,隆博 | |||||
| 作成者 | 藤田,祐 | |||||
| 作成者 | 佐伯,奈弓 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/61923 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 常磐自動車道(県境~山元間)建設工事に係る発掘調査報告書 ; 5 山元町文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 中筋遺跡は、宮城県南東部の阿武隈山地から東に延びる丘陵裾部の標高 7~10mの低地に立地する。遺跡の時期は、縄文時代、弥生時代、古墳時代にわたる。今回の調査では、A区で水田跡3区画、溝跡2条、ピット1基・木杭跡2箇所、性格不明遺構1基、遺物包含層、B区で土坑14基、旧河道跡を検出し、縄文土器、弥生土器、土師器、須恵器、石器が出土した。この他、自然災害痕跡を確認した。 ① A 区において、縄文時代晩期後葉~末の遺物包含層が確認され、縄文土器・石器・土製品が出土した。今回の調査区内では、同時期の遺構が確認されなかったことから、周辺に同時期の集落が存在する可能性が考えられる。 ② 弥生時代の遺構には、水田跡3区画(SN1~3)、溝跡2条(SD1・2)、ピット1基・木杭跡2箇所(P1~3)、性格不明遺構1基(SX1)がある。これらは出土遺物から弥生時代中期中葉頃のものとみられる。県南地域で、当該時期の水田跡が発見されたのは初めてであり、調査の結果、この水田は約2,000年前に発生した津波により廃絶したことが明らかとなった。この他、A 区において、弥生時代中期前葉~中葉の遺物包含層が確認され、多くの弥生土器や石器が出土し、当該時期の土器編年を考える上で貴重な資料を得ることができた。今回の調査区内では、同時期の住居等は確認されなかったことから、周辺地域に水田経営を行った集落が存在する可能性が考えられる。 ③ 古墳時代の遺構には、土坑14基(SK1~14)がある。これらは、遺構の重複関係や出土遺物から、いずれも古墳時代前期のものと考えられる。遺物の出土状況や遺構の特徴から、これらの土坑は「土坑墓」の可能性が想定された。 ④ 自然災害痕跡として、洪水・津波の痕跡と考えられる痕跡を確認した。洪水痕跡は、A 区及び B 区において確認し、縄文時代晩期、弥生時代中期~後期の間に発生したとみられる洪水砂層を検出した。津波痕跡は、A 区において確認し、調査の結果、その年代は約2,000年前(弥生時代)のものと推定され、仙台平野中部に位置する沓形遺跡・荒井南遺跡で確認されている弥生時代の津波堆積物に対比される。中筋遺跡で確認された津波堆積物(砂層)は、調査区中央付近で途切れることから、この付近が当時の津波により運ばれた「砂」の到達地点であったと考えられ、その遡上距離は当時の海岸線から約2.3km前後であったと推定される。 ⑤ この他、B区において、弥生時代中期~古墳時代前期以前の旧河道跡を確認した。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 61923 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.61923 | |||||
| 対象時期 | 2015/03/27 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 宮城県 | ||||||