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飯田市 川原遺跡 下川原遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/198924
https://jdcat.jsps.go.jp/records/198924
508d2242-7199-4482-8f30-524cc78f080d
公開日 2024-09-13
タイトル 飯田市 川原遺跡 下川原遺跡
作成者 黒岩,隆
作成者 岡村,秀雄
作成者 平林,彰
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/62660
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 天竜川下久堅地区築堤護岸工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
長野県埋蔵文化財センター発掘調査報告書
年報・紀要・研究論集・市史研究等・文化財だより
 両遺跡とも、天竜川左岸の氾濫原に東側の丘陵から延びる微高地上に立地する。
 川原遺跡は、縄文時代中期後葉~後期中葉の集落跡である。縄文土器は、後期前葉の堀之内1式を中心に出土したが、出土量は少なかった。各時期の土器の様相をみると、中期後葉は唐草文系で在地色が強く、後期初頭・前葉には称名寺式・堀之内1式と関東系の土器となる。後期中葉は加曽利B3式並行期に東海地方の「蜆塚Ⅲ式土器」が出土し、東海地方の土器の影響が及んでいた。石器は土器と比較すると出土量が多く、特に砂岩系・緑色岩系の横刃形石器、打製石斧等の出土が目立ち、合わせて、同石材の石片類も多くみられた。そこでこれらの石器の製作を想定して検討した結果、直面する天竜川の川岸での原石の粗割のあと、手頃な素材を集落内に持ち込み、部分的な調整加工を行っていたと推定した。天竜川関連では、石錘が26点出土し、漁労活動の根拠となる。一方、竪穴建物跡は、炉が貧弱もしくはない事例があることや、出土土器も少ないという特徴がある。その要因はわからないが、一つには、川沿いという立地を活用した、キャンプ地的な集落の建物であった可能性を考える。
 下川原遺跡は、16世紀前半期の中世の土坑群が特出される。北西方向に延びる微高地の南および南西側の縁辺部に土坑群を確認した。そのうち、火を焚いた痕跡のある石を並べた土坑については、遺構の性格を解明するには至らなかったが、長野県内では類例がないと考えられる遺構である。一方、天竜川寄りの低地部では、洪水により厚く砂が堆積し、地表から深さ4mで、畝を伴う畑跡を検出した。畑跡は昭和期の洪水により埋もれたと考えられるが、三六災害等の天竜川の災害史上、貴重な記録を提示することができた。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 62660
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.62660
対象時期 2019/03/20
対象地域
長野県
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Ver.1 2026-03-25 09:40:58.712447
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