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天間沢遺跡第45地区

https://jdcat.jsps.go.jp/records/200037
https://jdcat.jsps.go.jp/records/200037
ebf8d7ce-424e-493a-9ecf-d4a34766ea13
公開日 2024-02-29
タイトル 天間沢遺跡第45地区
作成者 伊藤,愛
作成者 若林,美希
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/71160
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 富士市埋蔵文化財調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 天間沢遺跡は、富士山麓南西に位置する縄文時代を中心とした集落遺跡である。東西には天間沢と福泉川が流下し、遺跡の北部には新富士火山旧期の大渕溶岩流が広がる。その下には不透水層である古富士泥流が遺跡全体に広く分布しており、そのため遺跡の付近にはかつて数か所の湧水点が存在したとされている。こうした良好な環境であったことが、集落形成の要因になったと考えられる。
 天間沢遺跡に人間の活動痕跡がみられるのは、縄文時代早期からである。遺跡南部にあたる天間まちづくりセンター付近で茅山下層式土器が出土しており、この時期から人々が天間地区で暮らし始めたと考えられる。中期に入ると、集落の主体は遺跡中心部に移動する。竪穴住居跡や埋甕土坑、配石遺構等が確認されており、集落はこの時期に最盛期を迎えている。後期の様相については、現段階では判然としない部分も多いが、称名寺式や堀之内式に帰属する土器も出土していることから、集落規模は縮小しながらも、この時期まで人間が生活していた可能性がある。
 本書において報告する第45地区は、確認調査と本調査を合わせて6軒の竪穴建物跡と1基の埋甕土坑、240基の土坑・ピットを検出した。竪穴建物跡の時期はいずれも中期に属すると考えられる。土器は勝坂式を中心とし、曽利式の前半期のものも出土している。過去に当該地付近で行われた調査においても、これと類似した結果が得られていることから、調査地一帯は中期集落の中心地のひとつであったと推定できる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 71160
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.71160
対象時期 2019/02/28
対象地域
静岡県
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Ver.1 2026-03-25 10:04:15.400970
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