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金沢城跡-鼠多門・鼠多門橋Ⅰ-
https://jdcat.jsps.go.jp/records/201074
https://jdcat.jsps.go.jp/records/201074aa1006f9-0c0a-48a6-afe3-a65eeec4ce36
| 公開日 | 2024-03-22 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 金沢城跡-鼠多門・鼠多門橋Ⅰ- | |||||
| 作成者 | 柿田,祐司 | |||||
| 作成者 | 大西,顕 | |||||
| 作成者 | 加藤,克郎 | |||||
| 作成者 | 金田,明大 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/86524 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 金沢城史料叢書 金沢城公園整備事業に係る埋蔵文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 金沢城跡鼠多門・鼠多門橋の復元整備に伴う遺構確認調査である。鼠多門は創建の時期は明らかでないが、明治17年(1884)に焼失した。鼠多門の消失直後と考えられる遺構面を検出し、旧陸軍による改変は見られたものの、石垣の天端石などに建物の範囲と規模を確定できる遺構が遺存していた。 束柱礎石がよく残っており、その配置状況から、床の構造について、中柱礎石根固めの検出から、中柱の本数を推定する根拠等が得られた。 門の中央大柱礎石が残され、脇柱礎石も出土し、それらの上面には柱の痕跡が明瞭であったことから、柱の太さを推定できるなどの知見を得た。また、抜き取られていた鏡柱礎石の抜取痕跡からその位置と規模が推定でき、門部分の規模を明らかとした。 側壁石垣については、その構造や創建からの履歴を知り、門開口部を閉塞するために積まれていた閉塞石垣や閉塞石垣や調査時に出土した築石を詳細に観察、三次元計測を実施し、側壁石垣復元のための配石図作成等を行った。 旧陸軍の監獄署建物跡についても調査を実施し、金沢城における明治時代の様相の一端を明らかとした。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 86524 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.86524 | |||||
| 対象時期 | 2020/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 石川県 | ||||||