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川尻遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/201833
https://jdcat.jsps.go.jp/records/201833
b57cd00d-a554-421e-91d3-0d36ef6ceac5
公開日 2024-06-10
タイトル 川尻遺跡
作成者 野﨑,拓司
作成者 松原,信之
作成者 安武,憲史
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/91739
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 畑地帯総合整備事業(担い手育成型)手久津久地区に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書
喜界町埋蔵文化財発掘調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 川尻遺跡は,喜界島南西部に位置する標高約10 ~ 12m の海岸段丘下面に所在する。試掘・確認調査で出土した兼久式土器や貝製品から,これまで不明瞭であった喜界島の古墳~古代にかけての良好な遺構群があると想定された。
 平成24 年から始まった本調査はうだるようなシマの真夏の暑さや,日光を反射して電子レンジのような状態になる白砂とのたたかいでもあった。
 縄文時代の遺構は主に白砂層面で検出した。検出した土坑は直径3~4m 程あり,7m を超える大型の土坑も確認した。内部からは焼けた拳大のサンゴ礫・炭化物・灰が互層をなしており,床面からは炭化材を検出した。炭化材の一部は並べられているような状況で出土している。奄美群島内では同様の出土例がなく,構築目的も不明である。土坑内からは面縄西洞式土器や石皿・磨敲石などが出土しており,縄文時代後期の生活を考えるうえで注目される成果である。
 古代の遺物は奄美群島の在地土器である兼久式土器が多く出土した。兼久式土器は何百年もほぼ形状が変わらないが,時間の経過とともに文様が簡素化することなどがこれまでの研究で分かってきている。本遺跡の土器に目を向けると突帯のみで文様はほぼないことが判明した。また,土師器・須恵器と供伴することから本遺跡の資料は兼久式土器の最終段階に近い9~ 10 世紀頃と想定している。同時期の島内には城久遺跡群が営まれている(城久Ⅰ期)ことが判明しており,本遺跡のように標高10m 前後の低段丘面には在地系土器である兼久式を主体とする人々が,標高100m の台地の上には非在地系土器である土師器系土器を使用する人々がいたことが想定される。
 喜界島で兼久式土器と共に貝製品・骨製品・鉄製品が出土したことは,今後の兼久式土器期の研究に大きな影響を与える成果であるとともに,これまで行ってきた喜界島での調査状況を考えるうえでも重要な成果であるといえる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 91739
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.91739
対象時期 2021/02/23
対象地域
鹿児島県
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Ver.1 2026-03-25 10:42:15.995872
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