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金沢城跡切石積石垣確認調査報告書

https://jdcat.jsps.go.jp/records/203748
https://jdcat.jsps.go.jp/records/203748
0d40dfe6-34da-4d16-9e3f-3cc197256491
公開日 2024-07-31
タイトル 金沢城跡切石積石垣確認調査報告書
作成者 西田,郁乃
作成者 滝川,重徳
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/131100
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 金沢城史料叢書
史跡-発掘調査・分布調査・資料調査等
 切石積石垣確認調査は、埋没している初期の切石積石垣を発掘して、出現期の実態(場所・意匠・技術等)を明らかとすることで、外観や意匠を重視した「見せる石垣」が生み出された技術的・社会的背景を探ることを目的として行われた。 
 数寄屋屋敷北調査区では、対象とした雛土蔵下石垣と数寄屋屋敷北石垣はともに17世紀後半、寛文期に構築されたことを確認した。雛土蔵石垣は最下部の根石から天端に至るまで厳密な企画性を有するが、数寄屋屋敷北石垣は寛永期の古材を転用するなどし、正面を多角形に成形し、面加工も荒々しさを残す。対照的な二つの石垣を配することで、それぞれの意匠を際立たせることを意図した石垣と考えられる。
 玉泉院丸南東調査区周辺は、当初玉泉院丸庭園が作庭された頃は池がこのあたりまで迫っていたが、寛文期の庭園の再整備に際して、粗加工石積を切石積石垣に改築したことを確認した。石垣は現地表下約3.8mまで続いており、地上部と埋没部の大部分は切石積(5期)で積まれているが、基部の3段分は粗加工石積(4期)であった。
 玉泉院丸北調査区では、色紙短冊積石垣は平面的なプランも含め17世紀後半に新設されたことを確認した。色紙短冊積石垣の東面石垣は、粗加工石積で築かれているが、その基部に至るまで5期の様相であった。また、隣接する納戸土蔵下石垣の基部についても同時期に構築されたことを確認した。
 これらの調査から、切石積石垣が玉泉院丸庭園において出現したのは、17世紀後半とみられ、それは、前田家五代綱紀によって行われた庭園の再整備と一体的に進められたと考えられる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 131100
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.131100
対象時期 2022/03/31
対象地域
石川県
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Ver.1 2026-03-25 11:25:07.314243
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