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一夜城

https://jdcat.jsps.go.jp/records/203828
https://jdcat.jsps.go.jp/records/203828
c47ac3e5-32bc-40f1-b092-d6e3f8b9a50e
公開日 2024-05-13
タイトル 一夜城
作成者 濵,慎一
作成者 大澤,佳寿子
作成者 馬場,保之
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/131440
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 伊那市埋蔵文化財報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
1 一夜の城について
一夜の城は、土塁現況外裾で東辺59.0m・南辺54.4m・西辺50.4m・北辺64.0mを測り、不整方形を呈する。西・北辺の土塁は昭和期に削平を受け損傷が著しい。土塁と外裾の比高差は東辺約1.8m、南辺約3.1m、西辺約1.6m、北辺約0.6m、敷の幅は東辺9.8mを測る。東辺中央に虎口が設けられ、間口は3.0mを測る。
現況では堀の存在は確認できないが、四周に堀が巡らされていたことが確認された。
第1次調査4・7トレンチの調査で確認された土塁と堀では、改修の痕跡が確認された。堀の改修と土塁の修築は同時一連の行為と考えられる。堀と土塁の構築・改修築過程を復元すると、城のおそらく始期に堀を掘り土塁が掻き上げられる。一定期間経過して土塁が一定程度崩壊するとともに、堀も一定程度埋没する。その後、埋まって浅くなった堀について幅を拡げて改修する必要が生じ、掘削土を土塁上に改めて積み上げたと考えられる。
出土遺物から、一夜の城の始期は少なくとも15世紀中葉以前に遡り、上限は平安時代中期10世紀中葉である。終期は近世の相当早い段階で、存続期間は最短で120年、最長で600年程度と考えられる。
第1次から第6次までの調査結果では、一夜の城が織田軍による築城とする伝承を直接裏付ける痕跡や出土遺物はない。
2 他時代の遺構・遺物
(1)縄文時代
 縄文時代前期を中心に、後・晩期のかけての土器・石器、石刀・石剣が出土している。遺構に関する情報は得られていない。
(2)弥生時代
 きわめて断片的であるが、第4次調査で弥生時代後期の壷・甕が出土した。段丘面上の広範囲に後期には集落が拡散する状況があり、本遺跡やその周辺でも該期の竪穴建物や墳墓群が確認される可能性がある。
(3)平安時代
第2次・第4次・第6次において、竪穴建物址が調査されている。時期は9世紀代、10世紀半ばの2時期が考えられ、市内における同時代の集落の存続時期と同様の傾向を示している。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 131440
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.131440
対象時期 2023/03/31
対象地域
長野県
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Ver.1 2026-03-25 11:26:51.904037
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