WEKO3
アイテム
流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書
https://jdcat.jsps.go.jp/records/204007
https://jdcat.jsps.go.jp/records/2040075853aa6b-eff5-44c6-bcf8-063b0d60b659
| 公開日 | 2024-07-16 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 流山新市街地地区埋蔵文化財調査報告書 | |||||
| 作成者 | 池田,大助 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
|||||
| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/132034 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 流山市十太夫野馬土手、流山市・柏市市野谷駒木野馬土手、流山市駒木野馬土手 千葉県教育振興財団調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 [駒木野馬土手 要約] 今回調査された野馬土手は、徳川家康の江戸入府(天正18年 1590)により、江戸周辺での軍馬の養成と使役馬の供給を目的として作られた幕府直営の牧の一部である。通説では慶長19年(1614)に小金牧・佐倉牧が設置されたとするが、牧士家の由緒書などに基づくため必ずしも明確ではない。慶長19年、同20年には大量の軍馬・使役馬を必要とする「大坂冬の陣・夏の陣」が起きており、実際には入府直後から逐次整備されていたものと考えられる。駒木野馬土手は大堀川北岸に位置し「高田台牧」の外周土手となると思われる。調査区においては土手及び堀の一部が検出されているものの、併行して走る道路下に野馬土手にかかわる遺構があったものと想定される。 [十太夫野馬土手(1)〜(30) 要約] 今回調査された野馬土手は、徳川家康の江戸入府(天正18年 1590)により、江戸周辺での軍馬の養成と使役馬の供給を目的として作られた幕府直営の牧の一部である。通説では慶長19年(1614)に小金牧・佐倉牧が設置されたとするが、牧士家の由緒書などに基づくため必ずしも明確ではない。慶長19年、同20年には大量の軍馬・使役馬を必要とする「大坂冬の陣・夏の陣」が起きており、実際には入府直後から逐次整備されていたものと考えられる。十太夫野馬土手は小金牧のうち「上野牧」のほぼ中央部、牧内の外周及び広大な牧内を区画し、管理することを主目的とした土手と考えられる。 [市野谷・駒木野馬土手 要約] 今回調査された野馬土手は、徳川家康の江戸入府(天正18年 1590)により、江戸周辺での軍馬の養成と使役馬の供給を目的として作られた幕府直営の牧の一部である。通説では慶長19年(1614)に小金牧・佐倉牧が設置されたとするが、牧士家の由緒書などに基づくため必ずしも明確ではない。慶長19年、同20年には大量の軍馬・使役馬を必要とする「大坂冬の陣・夏の陣」が起きており、実際には入府直後から逐次整備されていたものと考えられる。駒木野馬土手は大堀川北岸に位置し「高田台牧」の外周土手となると思われる。調査区においては土手及び堀の一部が検出されているものの、併行して走る道路下に野馬土手にかかわる遺構があったものと想定される。 |
|||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 132034 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.132034 | |||||
| 対象時期 | 2016/03/10 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 千葉県 | ||||||