言語:

WEKO3

  • トップ
  • ランキング
To
lat lon distance
To

Field does not validate



メールアドレスを入力してください。

WEKO

One fine body…

WEKO

One fine body…

アイテム

真尾猪の山遺跡Ⅱ

https://jdcat.jsps.go.jp/records/204974
https://jdcat.jsps.go.jp/records/204974
172b6cbd-77e9-47e4-96e4-843b941c4338
公開日 2024-04-25
タイトル 真尾猪の山遺跡Ⅱ
作成者 谷口,哲一
作成者 吉中,雅信
作成者 川本,晃
作成者 岩田,謙治
作成者 山本,寛子
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/139145
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 山口県埋蔵文化財センター調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 佐波川左岸の標高約80m(比高40m)の丘陵上に位置する、弥生時代中期、終末期の高地性集落跡。集落の中心時期は中期で、頂上部および斜面に竪穴住居跡、土坑などが多数確認された。土坑は121基確認され、それらの多くは貯蔵用として機能していた。炭化種子・炭化米がまとまって出土した例もあり、当時の貯蔵方法等を考える資料となる。急傾斜の斜面には、通路および生活空間としての段状遺構が18基あり、限られた範囲の中で生活面確保の跡がうかがえる。出土遺物では、7点の鉄器が出土したことが注目される。18年度調査の成果とあわせて、弥生時代における高地性集落の性格や、当地域における集落の構造や推移を考えるうえで良好な資料である。
 古代~中世においては、9~10世紀の遺構遺物が確認され、弥生遺構面を一部整地して構築されている。経塚は、県内でも珍しい土師質経筒であり、簡易な主体部構造とあわせて平安時代末から中世にかけてのものとみられる。この時期における遺構の性格は明らかでないが、遺跡周辺にはかつて松尾山天皇院光明寺(9世紀創建、戦国期に焼失)があったとされ、関連性が指摘される。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 139145
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.139145
対象時期 2008/03/27
対象地域
山口県
戻る
0
views
See details
Views

Versions

Ver.1 2026-03-25 11:51:00.122612
Show All versions

エクスポート

OAI-PMH
  • OAI-PMH JPCOAR 2.0
  • OAI-PMH JPCOAR 1.0
  • OAI-PMH DublinCore
  • OAI-PMH DDI
Other Formats
  • JSON
  • BIBTEX

Confirm


Powered by WEKO3

Change consent settings


Powered by WEKO3

Change consent settings