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北谷城
https://jdcat.jsps.go.jp/records/205243
https://jdcat.jsps.go.jp/records/205243346205d5-d51e-474c-8122-b389a8a64cdd
| 公開日 | 2025-05-19 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 北谷城 | |||||
| 作成者 | 松原,哲志 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/139490 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 総括報告書(補遺編) 北谷町文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 北谷城は東西約 500 m、南北約 150 m、標高約 44 mを最高地とする丘陵上に築かれている。かつては丘陵麓まで海が迫り、洋上に突き出た地形は天然の要害をなしていた。丘陵の南北に良港となる河口を持ち、防衛と交易に適した地形であったと予測される。昭和 58 年度以降 17 回の調査が行われ、5 つの曲輪や西グスク、東グスクと呼ばれる平場が確認された。北谷城が所在する丘陵は貝塚時代後期から利用されるが、11 ~ 12 世紀には平地の遺跡が活況する。13 世紀に再び利用され、早ければ 13 世紀後半から築城に伴う造成が行われる。14~ 15 世紀に最盛期を迎え、15 世紀中頃から 16 世紀前半に廃城となる。堅牢な石垣や殿舎跡の他、威信財となる貿易陶磁器の出土等から、勝連城跡や中城城跡に匹敵するグスクといえ、「おもろさうし」からも有力な按司の存在が窺える。廃城後は聖域として尊崇されていたが、沖縄戦時に日本軍によって戦争遺跡が丘陵一帯に構築され、戦後は米軍基地に接収された。一部の拝所をグスク外へ移転させられるも、地域の尽力により再びグスクへ遷され現 在も祭祀が行われている。以上、北谷城は他に例を見ない独自性の高い拠点的グスクである。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 139490 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.139490 | |||||
| 対象時期 | 2020/10/06 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 沖縄県 | ||||||