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史跡斎宮跡 令和4年度発掘調査概報
https://jdcat.jsps.go.jp/records/205522
https://jdcat.jsps.go.jp/records/205522cebd74a7-ac66-4f72-bb19-2d921b16f9cd
| 公開日 | 2024-07-01 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 史跡斎宮跡 令和4年度発掘調査概報 | |||||
| 作成者 | 川部,浩司 | |||||
| 作成者 | 小原,雄也 | |||||
| 作成者 | 山中,由紀子 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/139875 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 1区 飛鳥時代の斜方位区画内部の建物配置を明らかにすることを主眼とし、特に区画南西角の様相をはじめ西第三堂の構造と規模の把握を目的とした調査である。飛鳥時代の斜方位区画内には中心建物(正殿)と外周建物(東・西脇殿各3棟)がロ字型の建物配置をとることが判明した。 2区 奈良時代の東正方位区画での発掘調査において、掘立柱塀で構成される方形区画とその内部に南北棟の掘立柱建物2棟を確認した。このうち北側の掘立柱建物は1回の建替えが見られ、建替え後の建物は平安時代前期に建築・廃絶したとみられる。また、その東側で確認した掘立柱塀についても平安時代前期の建物に付随するものと考えられる。奈良時代末には斎宮の中心は史跡東部の鍛治山西地区へと移動することがこれまでの発掘調査で明らかにされており、今回確認した掘立柱塀と南北棟の掘立柱建物は、飛鳥時代から斎宮の中心であった中垣内地区が平安時代前期にあっても重要な役割を担っていた可能性を浮かび上がらせ、今後史跡東部の方格街区を伴う遺構群との関係という新たな課題を提示することとなった。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 139875 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.139875 | |||||
| 対象時期 | 2024/03/19 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 三重県 | ||||||