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中之島蔵屋敷跡発掘調査報告5
https://jdcat.jsps.go.jp/records/209685
https://jdcat.jsps.go.jp/records/209685e80be5c5-7750-4b1b-8ecc-62fc5ec305d0
| 公開日 | 2025-03-28 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 中之島蔵屋敷跡発掘調査報告5 | |||||
| 作成者 | 南,秀雄 | |||||
| 作成者 | 小田木,富慈美 | |||||
| 作成者 | 飯田,真理子 | |||||
| 作成者 | 小倉,徹也 | |||||
| 作成者 | 小林,克也 | |||||
| 作成者 | 岡村,勝行 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/141769 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 高松藩船入の調査 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 調査対象は高松藩大坂蔵屋敷の船入で、今次の発掘によりほぼ完全に残っていることが判明した。水門と隣地になる東辺以外を検出し、その規模は水域部(内堀)で奥行約48m、幅が北辺で推定約31m、南辺で推定約32mである。これは護岸の位置で、階段などを含む周囲5 ~ 6mの範囲が船入の遺構となる。入口部には高石垣と石築階段があり、北辺は2段築成、西辺は北側が階段状(雁木)で南側がスロープ状、南辺から西辺南端が階段状(雁木)と造り分ける。水が当る護岸は石垣で、全域にわたって前面を杭止めの板で覆っていた。板材のほとんどは船材である。西辺スロープの前面には、史料に残る船団構成と対応する数の係留用杭があった。 江戸時代の船入は明治30年頃、西半が埋められ、新たに西護岸の石垣を築いて細長く改造され、逓信省海事局と大阪工業学校造船科で共用された。海事局の堅固な建物基礎や下水網も検出した。船入の改造は、海運業の奨励と造船業の育成という国策のなかで行われた。 100以上あった大坂蔵屋敷で船入をもつ藩は7邸に過ぎず、経済の中心であった大坂を象徴するとともに、明治時代の産業の近代化に関係する遺構として貴重な実物資料である。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 141769 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.141769 | |||||
| 対象時期 | 2024/10/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 大阪府 | ||||||