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藤並地区遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/210467
https://jdcat.jsps.go.jp/records/210467
5bf89dda-c1f9-4126-b9b9-ed1284d54fc4
公開日 2025-06-02
タイトル 藤並地区遺跡
作成者 土井,孝之
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/142921
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 県道吉備金屋線道路改良工事に伴う発掘調査報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 2007−Ⅲ区、2008−Ⅱ区・Ⅲ区・Ⅶ区の下位層で検出した後期旧石器時代遺物を包含する粗砂細礫層の成因については、南側に位置する1990年調査M地区及び土生池遺跡(25)周辺の谷間からの土砂流による堆積とみられ、ナイフ形石器石器群という遺物の単純組成から一定の時期を反映したものと認めうることができる。後期旧石器時代の石器他の組成は、サヌカイト製ナイフ形石器・サヌカイト製横長剥片・チャート若しくは凝灰岩(硬質頁岩)製縦長剥片・サヌカイト製錐状石器、その他のサヌカイト・凝灰岩(硬質頁岩)・チャート製剥片がある。
 飛鳥時代末~奈良時代については、一定の遺物量と共に広域に散布する遺物の大半が二次的な中世遺物包含層(水田耕作土)からの出土であるため、全ての地区において窯場からの集積を反映したものでないことが確実視されることとなった。出土遺物の中には飛鳥Ⅱの段階の須恵器が一定量認められることから、周辺域に展開する須恵器窯の操業を今少し遡って考える必要を認めうる。一方、2008−Ⅱ区において、単独で検出した奈良時代の掘立柱建物は、関連時期の遺構が全くないことからその位置付けを明確にすることができていない。
 平安時代後期は、掘立柱や溝を検出した2007−Ⅲ区のみに当該期の遺構・遺物が集中して認められることから、東側に水路を挟んで展開する未周知の遺跡に関与することが濃厚であると考えられる。
 平安時代末~鎌倉時代前期の様相については、2007−Ⅲ区の良好な遺物群から当該地区周辺を平安時代後期から続く集落の拠点として、2007−Ⅲ区以西の調査地は中世における水田開発による二次的資料の包含(包含層第3層・第4層)として位置付け理解しうる。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 142921
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.142921
対象時期 2012/03/19
対象地域
和歌山県
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Ver.1 2026-03-30 16:23:26.992576
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